『僕の前にはね、いろんな人が度々現れるんだ』


煌がそうなったのは、15歳の時だった。


『始めは戸惑ったけどね。今は少し、楽しかったりするんだ』


昨日は“ミチル”。


今朝は“リサ”。


そう言って明るくつとめて笑いながら教えてくれたのは、私たちが初めて出逢ったあの夏の日で。


場所はサンジェルマン・ロクセロワ教会の中だった。


『僕の母は解離性人格障害を患っているんだ。猛烈なショックとストレスが原因らしい』


初対面のはずなのに、なぜか煌は私に吐き出すように話し出した。


高城 紘子(たかしろ ひろこ)。


『母の旧姓だよ』


真夏の陽射しで煌めくステンドグラス。


そこには私たち以外、誰も居なかった。


『母は有名人や政治家が足げなく通う高級料亭の娘でね。あ、知ってる? 東京の日暮里にある、料亭高城』


煌の母には歳の近い兄がふたりいるけれど、唯一女の子だった彼女はご両親には勿論、兄たちの愛情を一身に受け、壊れ物を扱うかのように大切に大切に育てられたのだという。


『母は内気な性格だったみたいで。大人しくて、自己主張のないもの静かな人なんだ』


その理由はあるひとつのコンプレックスからくるものだったそうだ。


兄ふたりはどちらも真っ黒な瞳なのに、彼女だけが水色の瞳を持って生まれて来たのだ。


『当時、母には交際して3年になる大企業の御曹司の恋人がいたらしい。けれど、互いに時間が合わなくてすれ違いが多くなっていた時期だったみたいでね』


煌の母は20の春に女子短大を卒業して、それを期に実家の料亭で女将修行を始めた。


ちょうど、料亭の中庭のソメイヨシノが満開になった日で、その夜の出来事だったそうだ。


『その日は観桜会の予約で満員御礼で、とても忙しかったんだって』


休憩の時、煌の母は中庭のヨシノ桜の木の下で、まるで降り止まない雪のような桜吹雪の中、夜空を見上げてぼんやりしていたそうだ。


『交際しているのにすれ違いばかりの彼の事や、これから先の事でも考えていたんじゃないかな』


その時。