「I The Phantom of the Opera.(私はオペラ座の怪人)」


「え? いやだ、私、英語は」


苦手なのに。


と言おうとした私の口を、彼の大きな手がそっと塞いだ。


「Would be surprisingly ugly? (思いのほか醜いだろう?)」


彼の手首から、甘くてスパイシーな香りが漂って、くらくらした。


「This terrible monster,(この禍々しき化け物は)While being burned to the Fire of Hell,(地獄の業火に焼かれながら)Still in heaven……(それでも天国に)」


彼の手が離れる。


開放された口で彼の名前を呼ぼうとして、とっさに飲み込んだ。


彼が泣いてしまうんじゃないかと、怖かったから。


「Still yearn for heaven. (それでも天国に憧れる)」


へヴン。


彼がその言葉を口にしたのと同時に、檀上の主人公トゥーランドットもまた、最後の台詞を叫んだ。


『Son nom est,amour!』


彼の名は、愛。


でも、私の耳に届いた言葉は「ヘヴン」で。


その言葉の意味くらいは、英語音痴の私にだってさすがに理解できる。


天国。


でも、その時はどんな意味なのかまで、深く考えることもしなかったけれど。


そして、その手紙を渡されたのは、公演終了後、特別開放されていたバルコニーでだった。


「女性に手紙を書いたのは、この人生初めての事で。少し、緊張したよ」


恥ずかしいから、帰ってから読んでくれないか、とはにかむ彼の肩越しには最高級の夜景が広がっていた。


真っ直ぐに伸びるオペラ通りから、ルーヴル美術館までを一望できるバルコニーで、私と彼は少し見つめ合ったあと、キスを交わした。


パリの煌びやかで悲しい程に美しい夜景をバックに。


最後の、口づけを……。