フィレンツェの恋人~L'amore vero~

「いいえ」


そう言い、明らかに引きつったわざとらしい笑顔で、


「息子の、タカツカサコウです」


よろしく、と私に手を伸べた。


「柏木東子です」


手を握り返して、ギクリとした。


ドキ、ではなくて、ギクリと。


私の手を彼も握り返して来て、離してくれないのだ。


「あ……あのっ」


怖くなった。


気付いたら、無理やり、彼の手を振りほどいていた。


「すみませんっ、ごめんなさい」


そう言って、私は桔平の後ろに一歩下がった。


握り返された手が、少し痺れていた。


タカツカサコウ、を嫌だと思った。


「コウ。何をしている。東子さんを怖がらせたみたいだな」


申し訳ない、と鷹司一郎が私を気遣うように言う。


「いいえ……私の方こそ、失礼な態度を」


「東子?」


今、頼れるのは桔平だけだ。


桔平の体を半分だけ盾にして、


「何でもないの。ごめんなさい」


桔平越しにちらりと彼の様子をうかがった。


「いや……こちらこそ、申し訳ない」


と彼は私に振りほどかれた手のひらを見つめたあと、


「とても美しい方だったので、つい」


と今度は誠実感たっぷりの微笑みを私に向けた。


「いいえ……」


けれど、私は不快感でたまらなかった。


初対面の人間にここまで不快な何かを感じるのは、25年間生きて来て、初めてだった。


タカツカサ、コウ。


この男とは極力目を合わせないようにしよう、そう思いながら、私は席に着いて膝の上にナプキンを広げた。