Hamal -夜明け前のゆくえ-



「俺にとってこれは普通で、日常で、特別なことじゃねえ」


――ああ……そうか。


「まあ、死んでもやられっぱなしはご免だけどな」


微笑みになにも返せず、俯いた。


祠稀が“戻らない日”は、このビルではない別の……本当の家に帰ってるんだ。


歩み出した祠稀は通り掛けに僕の頭をぐしゃりと撫で、


「暫く留守にするから」


と、ひとりでどこかへ行ってしまった。


振り返ることもできぬまま立ち尽くし、体の横で拳を握る。



そんなわけがあるもんかって思った。


普通でいいはずがないのに、あの狭くて暗い箱の中で起こることは自分にとっても日常に違いなかった。


そんな日々を当たり前だと思いたくない。負けたくない。だけれど結局は、されるがままで。


そこが僕と祠稀の相違なんだろう。



ふっと首に触れて思い返したのは、ループタイの感触。屋上で泣くだけだった僕を見つめた、祠稀の瞳。


このままでいいのか、って。

やられっぱなしでいいのか、って。


あのとき祠稀はネクタイを差し出すことで、僕の本心に尋ねてくれたのかもしれない。


そうして僕はわずかでも、死への欲求や日々の恐怖を振り払えたから、ここにいる。


……いるだけ。


確かにあの夜、置いていかれたくないと思ったはずなのに。



「僕は、立ち止まってばっかりだ……」