Hamal -夜明け前のゆくえ-



「この前ね、壱佳のパーカーとスニーカーを選んでるときね? どれが似合うかなって考えるの、すごく楽しかったのっ」


僕の『わかった』というひと言に安堵した母さんの声が弾んでいる。


「他に欲しいものある? なにが欲しい? 教えて、壱佳」


小遣いはもらっているのに、それ以上を与えようとしてくれる母さんの笑顔が歪んで見えた。


朝になれば謝罪してくる義父が、夜を迎えれば豹変を繰り返すように。


母さんは僕を守らない代わりに、僕の機嫌を取り続けなければいけない。



――『壱佳。……ねえ、壱佳? お母さんも我慢するから、もう少しだけ壱佳も我慢してね?』


母さんは我慢なんかしてない。


わかっていた。母さんは今の生活を保つためなら、僕が殴られようが蹴られようが構わない。


この空間で起きていることを外に漏らさないためなら、僕を笑顔でここに閉じ込める。


わかっていたよ。


とうの昔から母さんはあの人と同じ、化け物なんだってこと。



「――……、」

「え? なに? 遠慮しなくていいのよ、壱佳」


微笑む母さんは、再婚する前よりも生き生きしている気がする。同時に僕へ媚を売るようにもなってしまったけれど。


「……携帯が欲しい」


学校は休んだっていいよ。


今日だけは。もうしばらくだけは。この声が誰かへ届くかもしれないものを、役立たずの手に持つことができるなら。


僕は、愛されているふりをする。