「……僕、喧嘩とかしないよ」
「誰がいつ喧嘩しろって言ったんだよ。俺が教えてんのは護身術だろーが。自分の身は自分で守れ」
逃げるからいいのに。
そう思ったところで口に出せないのは、逃げきれないと薄々気付いているからだ。
足が、すくむ。
腕を振り被られただけで。胸倉を掴まれただけで。きっと声を荒げられただけでも。
暴力に直結する言動が垣間見えると、恐怖心が血路をせき止めてしまう。
そうして僕の体は耐えるように、ぐっと全身に力を入れるようにできている。
ああ嫌だ……。
理不尽な義父の暴力から遠ざかっても、見えない刃になって僕の喉元に切っ先を向けられているみたい。
「お前はいつまでもそうやって地面に這いつくばってる気か」
「……、」
這いつくばってはいない。けど、祠稀にはそう見えるのか。
……護身術でもなんでも僕は戦う術を覚えなきゃいけない。覚えろと、祠稀が言ってる。
それがこの街で、祠稀と過ごすために必要なことだというならば、立ち上がるしかないんだろう。
「強くなれよ」
立ち上がり間合いを取った僕に、祠稀は満足そうに口の端を上げる。
「……いきなり祠稀と同レベルは無理だからね」
「んじゃまずは俺に一発蹴りを入れるとこからだな」
真夜中の廃墟ビルの一室でこんなことをしているなんて、数日前の僕には想像もつかなかった。