――置いていかれたくない。



下唇のピアスを撫でた祠稀はふっと僕へ視線を移した。


見ているだけ。哀れむことも、慰めることもしない。


それなのにどうしてだろう。“待ってくれている”と感じた。


あの日、路地裏でうずくまる僕を見つけてくれたように。声を掛け、手を差し伸べてくれたように。


黙る僕を見つめたまま、動かずにいるからだろうか。


あの日と少しだけ違うのは、祠稀のほうからはもう、手を差し伸べてくれることも言葉を掛けてくれることも、ないということ。



きゅっと唇を結ぶ。


口で言うほど簡単じゃない……けど。


狭くて暗い場所に居続けたくないと思うなら、糸のように細い道でも、かすかな光だって見つけ出したい。


怖くて、怖くて、ひと言にも半歩にさえ満たなくたって。


まず、自分の力で。自分の声で、脚で、今より先へ。


動いたという事実が、僕をわずかでも強くしてくれるなら。



「またここに来てもいい?」


たったそれだけを望むことがどれだけ緊張を擁したか、わずかに目を丸くさせた祠稀にはわからないだろう。


そんなことは、


「好きにしろ」


と、祠稀が微笑みを湛えたことでどうでもよくなったけれど。



僕はとても久しぶりに、笑みを返せた気がした。