祠稀という名前も偽名なのかな。
もしそうなら、馬鹿正直に本名を名乗ってしまった自分は言葉通りバカなのかも。
今さらなかったことにはできないから、またクロに会うようなことがあったら本名は言わないでおこうと思った。
それから祠稀にも口止めをして――なんて、意味があるのかな。
定期的に怪我をしてくるとは、どういうことなんだろう。クロはどうして情報屋をやっているんだろう。
得体の知れないものばかりだ。祠稀という存在も、クロという女子高生も。
むしろ得体の知れないものばかり集めているような、そんな気がする。
この歓楽街には、事実などひとつもないのかもしれない。もとより、不要なのかもしれない。
在るのは曲げられた事実で、虚構だけがこの街の在り方なのだと。
それを知らなければ、受け入れなければ、この街では生きていくことも、踏み入ることもできないと。そう、祠稀やクロに教えられたような気がした。
……怖い。近付きたくない。
ふたりと出会うより前にも、同じことを思った。けれど今の僕は、背を向けて逃げ出すことはしなかった。
会いたい人がいる。
ひと言でもいいから、話したいと思う人がいる。
明後日、また会いにこよう。
ビルから出ると、空には鮮やかな橙色が雲と混じるように照り映えていた。



