幸せというものは 、どんなものだったか。


目で見たことがある。心で感じたことがある。だから幸せという言葉を知っているはずなのに、どんなものだったか思い出せない。


きっと幸せは記憶できないものなんだ。とても薄っぺらくて、脆くて、すぐに消えてしまうような、弱いものなんだ。


笑顔や笑い声は、幸せを繋ぎ止めておくためのものなのかもしれない。



学生服を着た楽しげな子たちが行き交う様子をしばらく眺めたあと、アーケード内に設置されたベンチから腰を上げる。


もしかしたら、と街に出てきたのは祠稀が目当てだった。


歓楽街に続くアーケードは夕方になれば学校帰りの学生が多いから、見つかるかもしれないと思ったんだけど。


やっぱり無理か……。


会ってどうするというわけでもないのに、祠稀を探す自分がいる。もし見つけたら声をかけたいと思う自分までいる。


だから今、こんなにも落胆している。


ただ少しだけ、話をしたかった。ひと言でいいから、『この前はありがとう』と言いたかった。



横断歩道で足止めをくらう人達にならい立ち止まっていると、歩行誘導の音楽が流れる。ぞろぞろと多くの人が前へ歩いていく。


けれど僕は青信号が点滅し始めるまで動かず、鳥の鳴き声にも似た歩行誘導の音楽が速まったところで踵を返した。


頭に浮かんでいたのは祠稀が『家』と言ったビル。


どうやってあのビルまで連れて行かれたのかは知らない。でも、帰りの道は覚えていた。忘れないように、しきりに辺りを見渡しながら帰っていたから。



空はまだ明るい。


時間が暗闇を引き連れて来る前に、わき目もふらずに突き進んだ。