Hamal -夜明け前のゆくえ-



「なんで今さら名乗った?」


思わずこくりと唾を飲む。


「素性を知らないって言うし……名前、言ってなかったから」

「名前だけかよ」

「……、僕だって、祠稀のことは名前くらいしか知らない」

「まあ確かに、そうだな」


祠稀は銜え煙草のまま両腕を組んでいる。また殴られるのはご免だとその腕を見張っていれば、


「イチカ?」


と、どこかぎこちなく名を口にされる。


目を合わせると祠稀は覗き込むようにして僕の表情を窺い、また微笑む。


「ふぅん……嫌いなんだろ、自分の名前」


凄艶な顔立ちでありながら、顔のほとんどを髪の毛で覆い隠す祠稀は言う。


「だったら、捨てれば?」


捨てるなんてできるはずがないのに、祠稀の眼差しはそれを打ち消すほど蠱惑的だった。


向かってきた手に警戒心を抱いていたことすら、忘れるほど。



頭の横を軽く押してきた祠稀は、先程まで僕が座っていたソファーに寝転がる。


「帰んな。学校あんだろ」

「……祠稀は、」

「ハイざんねーん。停学中なんで関係なし」


おやすみー。と瞼を閉じた祠稀に、開きかけた唇を結ぶ。



出窓を見遣ると朝焼けの光が薄暗い部屋に差し込み、埃をちらちらと煌めかせていた。