「素性も知らねえやつの面倒を全部見てやるほど、俺はお人好しじゃねえ」
『ここにいてもいいか』遠回しに伝えたことをわかっている上で、祠稀はそう言ってる。
きっと、ここにいたいけれど帰らなければならない、と迷う気持ちにも気付いてる。
迷うくらいなら帰れと言ってるのかもしれない。ハッキリとした答えを求めてくる、祠稀だから。
……納得のいかないことばかりだ。不可解なことばかり。
きみはいったい、“誰”なの。
「紫堂 壱佳」
「……あ? シドウ、なんだって?」
興味もなさそうで気だるげなのに、声尻がわずかに上がった気がした。
ソファーから腰を上げ、体の横で拳を握る。
「イチカ……僕の、……名前」
煙草の火種が赤色を増したのを見ながら告げると、祠稀が激しくむせた。げほっ、ごほっと苦しそうにしていたそれは、やがて笑声に変わる。
「お前っ……“僕”って! 見た目を裏切らねえなっ」
おかしそうにくつくつと笑われたことに腹が立たなかったわけじゃないけれど、祠稀が立ち上がったことへの警戒のほうが強かった。
祠稀の靴底に付いた砂とコンクリートが擦れ合う音がする。
目の前で立ち止まった祠稀が首を傾げる。伸ばしっ放しの長い前髪がさらりと横に流れ、祠稀は口元に弧を描いた。



