Hamal -夜明け前のゆくえ-



「今日はえらく機嫌がいいな」


どうして見抜くんだろう。秘密だったのに。


威光の拠点である廃墟ビルの屋上で、祠稀は僕が帰って来たのを確認するなり、くすりと笑った。


「お前はすぐ顔に出る」


気をつけろって言われなくなったのは、僕が感情等を顔に出すのは祠稀の前だけになったってことなんだろう。


僕が少しずつ変わったように、祠稀も少しだけ、出会った頃より棘がなくなったように思う。


棘の先端がちょっと丸くなった程度かもしれないけど。


……今の表情は、見せちゃいけなかったかな。


フェンスに寄りかかる祠稀に歩み寄ると、端正な顔に殴られたあとがあった。


「ちゃんと冷やした?」

「冷やすほどでもねえだろ。つーか直で屋上来たし」

「連絡くれたときに言ってくれれば救急箱持ってきたのに」

「元から必要ねーっての。軽傷だろ、どう見ても」


本来ならまだ“戻らない日”なのに怪我をしてるってことは、父親に殴られたとイコールだ。


今度はなにをしたの。
なんて、いつの間にか聞くことはしなくなった。


祠稀は家族が憎くて、自分が居ることで“あいつら”が幸せでなくなる瞬間を夢見ている。そのためならどんなことでも受け入れたし、同じくらいやり返してきたんだと思う。


僕と出会う前から、ずっと、ずっと、ひとりで。


祠稀はおもちゃだと言う自分が飽きられる日を、心待ちにしていた。


「……荷物、それだけ?」

「まあな」


祠稀の足元には、あっさりした返事と同様、小さなボストンバッグが置いてある。


パンパンに詰めてきたというより、事前に準備していたものを持ってきた風に見受けられる。


必要最低限。それも当面の着替え程度だろう。


「おめでとう?」

「なんで疑問形だよ」

「だってまだ実感湧かないもん」

「まだ湧かなくてもいいだろ。これからなんだから」

「うえぇ~……やっとスタートラインってこと?」

「そうだよ。やっとだ」


目を伏せ微笑む祠稀のそれは、この日を待ち焦がれていたのだと僕に思わせるには充分な仕草だった。


そしてやっぱり僕は、手放しで喜んではあげられないけれど。


「これからどうするの? なんか、いい物件見つかったみたいなこと言ってなかった?」

「ああ、そこに住めることになった。ひとり暮らしじゃねーのが微妙だけどな」


煙草に火を付けた祠稀はフェンスに肘をつき、僕は目を丸くさせたまま。


「ま、うまくやるし」

「え? なに? 意味がわからないんだけど……下宿ってこと? 寮に入るってこと?」

「ちげーよ。同居だよ、同居」

「はっ!? 同居!? 誰と!」

「知らねーよ。募集してたやつは女だったけど、高校生の男女3人募集してたな。ひとりひと部屋くれるんだと」

「怪しすぎるよ……なに考えてんの祠稀……」

「だからうまくやるっつーに。決まったことに今さらあたふたしてもしょうがねーだろ」


今さら疑うのが面倒なだけじゃ……。


「つーか住めりゃなんだっていいし。同居人がどんなやつだろうと俺には関係ねえ」

「そうだろうけどさぁー」

「なんで俺が不満げな顔を向けられなきゃいけねーんだよ」



祠稀の環境が、変わる。


たとえ今日が、祠稀の待ち焦がれていた日になったのだとしても。僕や威光という、祠稀あっての存在はきっと多少なりとも影響を受ける。


それが望まぬ方向へ変わるきっかけになろうと、僕は未来を見通す力なんてないから、不安になる。だからこうであってほしいと夢を描いて、願う。そして叶うようにと、口にする。