「バレたから、無事じゃ済まねえとは思ってたけど……こんなあっさり引いてくれるなんてな」
「……今回は運がよかっただけだよ」
「代わりなんかいくらでもいるからだろ」
立ち上がった彼は顔を歪ませながらも、服の汚れをはたき落とす。
「世の中は自分が思ってるほど優しくないけど、大勢の中の誰かは、自分が思ってる以上に優しいんだって」
「……なんだそれ」
「いつも一緒にいる人が言ってた」
「へえ。そりゃ、おめでたいことで」
「行くところがないなら、ついてきていいよ」
「は? おい……っなんだよ、」
さっさと歩き出した僕はしばらくして、ちらりと後ろを見遣る。彼は数メートル離れていたけれど、ついてきていた。
警戒心はある。かと言って完全に他人を拒絶するほどでもないし、感情的になる様子もない。
でも、寂しい。彼を見るとそう思う。
なにが、とか。どうして、とか。わからないけど無性に寂しくなる。
僕についてくるしかない彼を哀れに思っているからかもしれないし、自分と重ねて彼の気持ちがわかるなんて思っているからかもしれない。
祠稀もこんな感じだったのかな。
薄暗い路地裏で丸まる僕を見つけたとき、なにを思っていたんだろう。
比較的居酒屋や飲食店の多い場所に出て、足を止めた。
他人で構成される人の群れを、見知った横顔が通過する。
ふわりふわりと白金の巻き髪をなびかせ、まっすぐ前を見ていた彼女が僕に気付いた。
「――……、」
微笑んだ唇に塗られた真っ赤な口紅の鮮やかさは、赤黒く腫れあがった右目の痛々しさに勝っていた。



