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――ぼんっ。
投げ捨てられたスニーカーが小さく跳ねた。
背後で戸口が閉まり、ガチャンと鍵がかけられる。下腹部がずきずきとした鈍痛を孕んでいる。
アパートの廊下に放り出された僕は立ち上がり、スニーカーへ足を突っ込んだ。
夕日に照らされた縦格子状の手すりが、長く薄い影を階段に伸ばすそれを踏んでいく。
「ほら……あの子よ」
道路に出ると、アパートの前で談笑を中断していた近所のおばさんのひとりが囁いた。
「本当なの? せっかくの新しいお父さんが、ねえ……」
「かわいそうに」
てくてく歩く僕にはそのくらいの会話しか耳に入らなかった。
なら助けてよ、って前の僕なら思ったんだろうな。
「かわいそう、かぁ……」
いつか伝えられたらいい。相手の顔を見て、できれば笑って。
だけど僕は幸せなんだよ、って言えたらいい。
とてもつらかったし、今も、義父や母さんが元に戻ってしまったことになんの感情も芽生えないわけじゃないけれど。
それでも僕は祠稀に出会えたから、悲しいことばかりじゃないんだよ。
この先どんな毎日になるか漠然とした不安はあるし、その果てが幸せとは限らなくても、僕が選んだ道だ。
それに僕が今ここにいるのは、祠稀が選んできた道のひとつの答えでもあると思うから。
少しでも胸を張っていたい。僕自身が前に進み続けるために。
そして道の途中で僕を救ってくれた祠稀自身が、これからも歩みを止めずにいられるように。



