今年の梅雨は長く、からりとした暑さはまだやってきそうにない。
「ねえ祠稀。雨が降ってなくても外で何時間も過ごすのは、さすがにつらいよ」
「地べたに座らずに済むだけ有難く思え」
「横暴だ。鬼畜だ。もっと着込んでくるんだった」
「うるせえな。縄で縛って毛布にすんぞ」
祠稀だって寒いんじゃん……。
連日の雨のせいかここ数週間の寒暖差はけっこうなもので。
夜風にさらされた公園のベンチに座る僕らは、『寒い』『寒くねえ』と言い合って夜23時を迎えたところだ。
「ねー。カラオケとかでもいいからどっか入ろうよ。おなか空いてきたー」
「あーはいはい。わかったっつーの」
溜め息をつきながら立ち上がった祠稀は顎を突き出し、真顔で言った。
「優しいきれいなお姉さんナンパしてくるわ」
「やめてやめて! いいよ僕もう公園で充分だよっ!」
「はあ……これだからわがままは困る」
まるで僕が甲斐性なしみたいに言うけど、祠稀はもう少し遠慮とか恥じらいってものを知ったほうがいいと思う。
ベンチに腰を下ろした祠稀は煙草を取り出し、暗闇に火種の橙色を揺らめかせる。
――約2週間前。祠稀が僕を『チカ』と呼ぶことにした日は、威光の再建の日でもあったらしい。
次の日から祠稀は、あのビルに帰ることはなくなった。あそこは『ヒカリさんの威光のもの』であって、『祠稀の威光のもの』ではないから、と。
僕が右腕になるなんて言ったから手放すことにしたのかと聞いたら、最初から決めていたのだと祠稀は笑った。
中華飯店に行くこともやめたし、次の隠れ家を決めたらクロの尾行は今度こそ絶対に撒くらしい。
そこまで線引きする必要があるのかと思った。
ヒカリさんの意思を継ぐのなら、あのまま家を使えばいいのにと思った。
いつかメンバーが戻ってくるかもしれないのにと思った。
でも、言えなかった。祠稀が本気だということよりも、祠稀が僕と新しく始めようとしてくれたことが、単純に嬉しくもあったんだ。