Hamal -夜明け前のゆくえ-



――グンッ、と急に手首を引っ張る力のせいで前のめりになった。


「わっ、ちょ……靴、」


土足になる!


乱雑にスニーカーを脱ぎ捨てている間も祠稀に引っ張られ、もつれる足を正常に戻した時にはワンルームの開けた部屋に連れてこられていた。


「なんだ」


離された手首に視線を上げれば、祠稀と目が合う。


「帰りてえのかと思った」


無理やり引っ張ってきといて、なにを言ってるのかと思った。だけど心底帰りたいと思っていたわけでもなかった。


ただ決められずに足踏みしていただけで、そんな自分に嫌気が差していただけで……。


「鈴ー、なんか飲みもん」

「自分で出しなさい! それより手当てが先でしょっ」


……思い込みかもしれない。


祠稀に連れられて入った部屋で、逃げも嫌がりもしなかった。


それだけなのに。
また、イエスかノーも言えないのかって、決めるのはお前の自由だろって、呆れ返るんだろうと踏んでいたのに。


『なんだ。帰りてえのかと思った』


あっけらかんとした祠稀の言葉。ひとり確認できて満足そうな祠稀の表情。


それらはひしひしと感じていた臆病の芽に、柔らかな布を被せてくれたような気がした。


見なかったフリをしてくれたのか、最初からなんの意味もないのか、わからなくたって。


今は感じ取らなくていいものだと、言われたみたいだった。