Hamal -夜明け前のゆくえ-



「ねえ、ちょっと祠稀! この子誰?」

「知らね。怪我してるくらいしか」

「え、ほんと? 見せてっ。どこ怪我したの!?」

「――っ!」


体をこわばらせると、伸びてきた華奢な手は触れてくることなく宙で止まった。


……あ。


形容しがたい感情が喉を震わせる。それを噛み砕くように唇を結んでも、大した効果はなかった。


バカ。違う。この手は、あの手と違う。


「ごめんね。びっくりしたよね」


宙で止まっていた見知らぬ女性の手は引っ込み、代わりに優しい声音が鼓膜を揺らす。


「あたし、スズっていうの。元外科医。ちょっとの期間だけどね」

「……」

「入って? そしたら、傷見せてもらってもいい?」


招くように目一杯ドアを開け、通り道を作ってくれた彼女の顔は見られなかった。


入るのか、入らないのか。

見せるのか、見せないのか。

たったそれだけの選択を躊躇する自分。


信用できないだけと言えば、それはそれで合っているんだろう。


だけど見透かされている気がして、恥ずかしいと、情けないと思うのは、ひた隠しにしていたい臆病な部分を今、自分自身が1番感じ取っているからだ。


かっこわるい。


たかが会ったばかりの人の家に入って、手当てをしてもらうだけなのに。


鈍る決断が、どんどん足と呼吸を重くする。