「帰りたくないんだったらさ、お兄さんの店来る?っても、ただのクラブなんだけど。お金もいらないし……朝までかくまってあげるよ」
ひそりと耳元で囁かれ、眉を寄せた。
こんな言葉にぐらりと揺れる自分はバカだった。魅力的に思えて、明るくて、楽しい時間を過ごせるんじゃないかと期待した過去の自分。
「ね! おいでよ!」
もう騙されるのは――…。
「なんてクラブ?」
耳に届いた祠稀の声に面喰らう。
「お。興味ある? こっからちょっと歩くんだけどー、ラバニーユって店」
「ラ・バニーユ? ……ああ、バニラ」
「おーっ! すげえな、わかんだ?って、あれ!?」
強引に腕を引っ張ってきたのは、名前も知らない男ではなく祠稀だった。
「今日は行くとこ決まってっから」
「やっ、これもなにかの縁じゃん! 連絡先教えてくれれば今度迎え行くしっ」
「今度直接行くんで。さよーならー」
相手の顔も見ず、祠稀はあしらうように告げながら歩き出す。
背後から微かに届いた舌打ちは、祠稀の「クソが」と言う言葉に叩き落とされた。
「……今の、店? 知ってるの……?」
「あ? あー、まあ。裏でろくでもねえことしてる店だよ」
やっぱり……。
一瞬着いて行く気なのかと、焦った。
「つーかお前がそんなビクビクしてっから声かけられたんだろーが」
「ビッ……クビクしてなんか……」
「ないって? なんかもうカモッてくださいって空気が漂ってんだよなあ、お前」



