先生に見つからないよう必死で声を抑えながら俺を見つめる奏に返事が返せなかった。

うち震える胸や体を動かないように制御するのに必死で。


「僕が心から音楽を愛してる、か…。どうやら君は随分なご都合主義らしい」

淀みなく指を滑らせながらしゃべる彼の姿は、その実力を物語っている。

「君が思っているほど僕は綺麗な人じゃない。僕は、音楽から離れたくないだけだ」

俺が感じた疑問を、駒田も同じく感じたらしい。

打てば響くようにすぐさま返答があった。


「どうしてですか。演奏者になればずっとピアノと一緒にいられるのに」

「…知らないのか?」

流れるように弾きだされる音たちは、それでもどこか苛立っているように刺々しかった。
無表情にも近い、小さなさざ波が音の中に生まれる。


「音楽の世界は美しいだけじゃない。審査員たちの純粋な評価だけで判断されない場合だって少なからずある…わかるかな」

目を閉じれば浮かぶのは、黒鍵のように澄んだものではない黒の映像。

嫌悪感以外に何があっただろうか。