不満そうに俺を見上げてくる奏に目配せだけで謝罪して、俺は会話に耳を傾ける。
先生に見つかった時の言い訳も考えながら。
「駒田くんのチューバと北浜くんのピアノがよく合っていてとてもいい演奏だった。…でも驚いたな。北浜くんは他人と練習をするような人には見えなかったんだが」
現に僕も断られたと彼は笑った。
何を言っているんだ、断ったってどうせ無理やり付き合わせたんだろう。
舌打ちしたい気持ちを、歯を食いしばって懸命にこらえる。
「俺が無理に北浜くんを誘ったんですよ」
そのまま先生を追い払ってくれるのかと期待したが、駒田は思いがけないことを訊ね始めた。
「先生は、どうして先生になろうと思ったんですか」
それは小学生のように無邪気な質問で。
俺は奏を腕の中に閉じ込めたまま、息を呑んだ。
世界的に有名なピアニストでありながら、世界に認められる技術を持ちながら、狭い世界に閉じこもることを決意した理由は。
きっと駒田は簡単な理由では納得しないんだろうと、そう思った。


