「何か用ですか。今日は急いでるんです」
傍から見てもそれとわかるほどの作り笑いで、ありもしない用事をでっちあげる。
「いや、特に用は無いんだけどね。近頃君がスランプに陥っているようだったから心配してるんだよ」
あぁ、そういう偽善者めいた所も嫌だ。
先生だって俺たちとは規模がケタ違いの国際コンクールに出場する準備をしているくせに。
こんな時期に生徒のことなんて心配している余裕があるのか?
それとも「天才」は、練習しなくても楽器が勝手に指を動かしてくれるのか。
祖父が外国人だという、色素が薄く襟足の長い髪。
瞳はキャラメルのように甘く、それでいてどこかほろ苦い眼差しを放っている。
テレビや写真で取り上げるにはうってつけのその外見は、今や世界中に知れ渡っている。
どうしてこんな学校で講師なんていう中途半端な職に就いているのか、その理由は誰も知らない。


