鍵盤から離れた指が、思い出したように震えだす。

ぼんやりと観客席の拍手を聞きながら、やっと実感が湧いてきた。


弾ききった。


のろのろと立ちあがって礼をし、舞台袖へ戻る。

暑いぐらいライトの当たっていたステージから舞台袖の陰へ戻った瞬間、それまで必死に俺の体重を支えていた膝がガクンと崩れた。

そこで初めてどれだけ力を尽くしたのか思い知る。
こんなこと、今まで無かった。


舞台袖に控えていたスタッフが次の出演者の邪魔にならないよう、俺を立たせてくれる。

こんなに疲れていたなんて気付かなかった。

ピアノを弾くことに、自分を追い越すことに、あいつに聴かせることで頭の中はいっぱいだった。


「…よかった…」

口からこぼれてきたのは安堵の一言。

あの時ピアノを捨てないで、本当によかった。