「全国的なコンクールでこれを弾くとはなかなか思い切ったね」
「やっぱり、簡単すぎますか」
先生が指を顎に添えて唸る。
「…そうだね、テンポも遅いし、簡単と言えば簡単だ。だけどこれを極めるとしたら相当な量の練習が必要だよ。あと2ヶ月でいけるかどうか…」
「それでもやりたいんです」
先生なら、泉水先生ならこの曲をやることを認めてくれると思ってる。
どうしてもこの曲が大切で、それを一人でも多くの人にわかってもらうにはコンクールという場が一番適している。
2ヶ月。
この曲を弾き流すには長すぎる期間で、どちらも完璧にするには短すぎる時間。
それを理解していてもなお、俺はこれを選んだ。
泉水先生がしばらくうつむいて考え込み、何度か深呼吸をする。
「わかった。その代わり、多大な期待がかかっていることを忘れちゃいけないよ」
音楽科を代表してコンクールに出るということに緊張は無かった。
ただ広がって行くのは、どこかあたたかい充足感。


