「イニシャル、やっぱ残しといてよかったな。あれSの文字反対だったっしょ?ハズいよね」
「…なんで、そんなこと…」
お前だってピアノが好きだったんだろう?
じゃあそのまま続けたらよかったじゃないか。
これから才能が開花するはずだったのかもしれないじゃないか。
そんなことも知らずにピアノから逃げたいと思っていた俺が、バカみたいじゃないか。
「だってあの時感動しちゃったんだよねぇ、リーチの演奏に」
真夏だというのにまだ暑苦しいカーディガンを羽織って、制服の乱れだってひとつも直っていなくて。
だけどこの時の彼女の言葉が、誰の言葉より俺の心に深く入り込んできた。
真面目に制服を着用した人が同じことを言っても、多分それは俺を感動させてはくれなかったと思う。
奏の目を見ることすらできなかったから、お礼を言うのも忘れていた。


