いつかも見た覚えのある、どこか艶やかな笑みで。

「慌てないで、ゆっくり話して」

聞きたいことはたくさんあった。

さっきのタカの話ももちろん気になるけれど、俺が訊ねたかったのは。



「昨日お前と話して、俺の中にひとつの仮説ができた。あくまでこれは仮説だし、違ったら笑ってくれて構わない」

昨日若菜のために「カノン」を弾き、浅葱が部屋を出て行ってから俺は家のグランドピアノをよくよく調べてみた。

あのピアノが母さんの友人からもらったものだということは知っていた。

だけどその友人の名前を聞いたことはなかった。


「ピアノの裏にあったS.Mのイニシャル…。増原奏子、じゃないのか。
あのピアノは、お前のピアノなんじゃないのか?」

小さな子どもが尖ったもので彫り込んだのだろうか、目立たない所に細く残ったその刻印はSの文字が反転していた。

見た瞬間、心が戦慄くのがわかった。


奏の口端がゆっくりと吊りあがって行く。

「そうだよ」

吹奏楽部の演奏、運動部の掛け声、それらよりも小さい声はなぜかそれらよりもはっきりと耳に届いた。