「すごく好きな人がいたんだ。その人に自分のピアノをずっと聴いていて欲しかった。だけどその人は俺じゃなくて、俺よりピアノが下手な弟を選んだ」
俺の方が絶対上手い。
いつかも胸に深く刻みつけられた思いがじわりと濃く滲んでいく。
『…バカじゃない』
「あぁ、バカだよ」
『女にモテるためだけに弾いてたっていうの…』
「そうなるな」
改めて言われてしまえばなんてひどい理由だろう。
だけどそのくだらないものが、弱い俺の心を唯一支えてくれるものだった。
乱れた服装に派手な髪。
世間的に間違ったことをしているのは明らかに彼女の方なのに、そんな彼女がいつも俺を正してくれる。
熱い言葉で俺を叩いて、真っ直ぐに伸ばしてくれる。


