「そのまま後ろ向いて、聞いてくれ」

『…うん』


じゃり、とコンクリートの上を小石と靴底が滑る音。

「この前奏が、メリットのためだけにピアノを弾いてたのかって言っただろ。…その通りだよ。俺はピアノに自分へのメリット以外を求めたことなんてなかった」


いつだってピアノは俺を引き立てるための「道具」だった。

だけどもっと手に負えないのは、それを俺自身が理解していなかったことだ。

「奏に言われた時、びっくりした。俺はずっとピアノを道具以上に見たことなんてなかったのに、それに気付いたのはつい最近だ」


駒田のように楽器が相棒だと爽やかに言えたならどれだけいいか。

俺はピアノを利用していただけだ。


「ピアノを見ると悲しくなる。ピアノを弾くと苦しいんだ。こんなに苦しんでまで音楽を続ける理由が、俺にはわからない」

『…どうして、悲しいの』


奏の声が正面から向かい合って話すよりずっと近い場所で聞こえる。