「ま…、待ってくれ兄貴。じゃあこの所兄貴がずっとピアノを弾いてないのは…」

「わかってるなら聞くなよ!」


大きな塊になって飛び出した声が浅葱を硬直させる。

「やっと忘れられそうだったのに、全部台無しだ」

良い兄でいたかった。
浅葱の前では真面目でピアノの上手い、立派な兄になりたかった。

だけどもう、こんな猿芝居は飽き飽きだ。

我慢ならない。


「…外、出てくる」

自分が創り出した重い空気に耐えられず、俺はケータイだけをポケットに突っ込んで外へ飛び出した。

待って、と聞こえた若菜の声に浅葱の声は重ならなかった。


当然だ。
今頃放心状態にでも陥っているんだろう。

それぐらい大事に包み隠してしまってきた気持ちなんだ。