昨日の雨の名残は清々しいほどに無くなっていて、あんなに深かった水たまりもすっかり干上がっていた。
「で?こんな早く呼び出してどしたの」
昨日あれだけ俺に弱みを見せておきながら、奏の態度は今までと同じだった。
今から自分が口にする内容を頭の中に思い描いて、俺もそんなに堂々としていられるか不安になった。
脳内の映像のほとんどを占めるのは、白く揺らめくスカートに腰まで伸びた長い髪。
それから、小さなその顔いっぱいに広がる笑顔。
「ピアノなんてもう、弾きたくない…」
だらんと垂れ下がる両手。
一番出てくるべき涙は出てきそうになかった。
「何、それ」
昨日と違って真っ青に塗られた爪が、俺の胸倉に襲いかかって来る。
その表面に象られた三日月のマークが妙に俺を切なくさせた。


