鼻から流れ込んで全身を支配するのは、懐かしくも思えるあの日からちっとも変わっていない香り。

「久しぶりだね、利一」

最後に会った時に肩までだったチョコレート色の髪は腰まで伸びていた。

薄くてふわふわしたカフェオレみたいな色合いの服が似合う人だった。


忘れたくて、頭の中の映像に何度も上塗りを重ねて。

だけどようやく前に進めそうになった時に、こうやって。


「…久しぶり、若菜(ワカナ)」

お前は、俺の前に現れるんだ。

「まだピアノ、弾いてるの?」

「あぁ…。音楽科のある高校に、通ってて」

喉の奥が情けなく震える。
自分が哀れに思えてしまうほど。

「もしかして四葉高?私の高校でも有名だよ。すごいね」

「ありがとう…」


もう一言だってしゃべりたくないはずなのに、これ以上ボロを出したくないはずなのに、なぜか律義に口は動く。