Liberty〜天使の微笑み【完】




 本当……どうしてこんなに、やさしいんだろう。 



 違う感情で泣きそうになる気持ちを抑え、ドアノブに手を添える。そして一呼吸間を置いてから――ゆっくり、扉を開けた。



 「…………」



 「…………」



 目の前には、少し痩せたかな? と思う佐々木さんの姿が目に入る。視線が合えば、逸らすことだ出来なくて……橘くんに背中を支えられながら、ようやく、椅子へと腰掛けることが出来た。
 大丈夫だって、言い聞かせていたのに……。
 まともに顔を見れず、私は俯いたまま、膝に置かれた手に力を込める。



 「…………」



 「……紅葉」



 小さく発せられた言葉に、微かに顔を上げる。



 「自分の憂さ晴らしのために、利用して悪かった」



 それは、私に対する謝罪の言葉。意外過ぎる言葉に、私は思わず顔を上げ、佐々木さんの顔を見た。

 「けどな、途中で、離すのが惜しくなった。これは……嘘じゃない」

 付き合った日々が、全て偽りでないなんて証拠はどこにもない。けれど、その言葉に嘘があるようにも思えなくて……。



 「だったら……どう、して。あんな、言葉」



 あの日、私に言った言葉。

 『実はあの時のは朔夜で、俺はただ、それを利用して近付いたんだとしたら……どうする?』

 言われなければ、余計なことは考えなかった。あの時の私は、佐々木さんに身を捧げてるって言っても、過言じゃないほどだったのだから。



 「――嫌、だったのかもしれない」



 ぽつり、呟くような小さな声。その音量のまま、佐々木さんは言葉を続ける。

 「お前が純粋過ぎるから……落ちていくのが、嫌に感じたのかもしれない。――たまに、無性に全部、話したい気になって、しょーがなかった」

 目の前にある透明な板に、そっと触れる。その手つきはとてもやわらかく、まるで、私をやさしく撫でてくれていた時と、同じような気がした。

 「けど、うまく言葉で言えねーし……お前が本当は、朔夜に惚れてるのも、知ってたからな」

 目の前にはもう、嫌なイメージの佐々木さんではなく。
 幸せだった日々の、やさしい顔をした彼が、そこにはいた。

 「お前に……甘えてた。俺の痛みを受け止めてくれるし。――否定、しなかったから」

 すがるように顔を近づけ、佐々木さんは言う。

 「無理やりしたことは、謝っても許せないって分かってるが……それでも、言わないと悪いと思うから。――俺が、悪かった」

 目の前で頭を下げ言う姿に、私は思わず、声をかけていた。

 「も、もういいから!――わた、しは……もう、いいの」

 その言葉に驚いたのか、二人は同時に、えっ? と声をもらしていた。



 私は別に、謝ってほしいんじゃない。
 謝るなら、私でなくて……。



 「私は、いいの。謝るなら……橘くんに、して」



 今まで騙していたことを。
 ずっと、傷付けていたことを。



 自分に謝ってもらうよりも、そうしてくれる方が、私にはうれしいから。



 「「…………」」



 意外なのか、二人は私を見たまま、一言も言葉を発しない。沈黙が長く続く中……先に言葉を発したのは。



 「オレはもう、謝ってもらってるから」



 橘くん、だった。
 既に謝罪していたことに、私は間の抜けた声を出してしまった。

 「だから、オレももういいから。――こんな時なのに、自分のこと考えないんだな」

 ぽんっと、頭に手の平が置かれる。
 気にすることないのにと、橘くんはやわらかな笑みを見せた。

 「それが、コイツのいいとこだろう?」

 「言われなくても分かってるよ。――市ノ瀬には、オレが付いてるから」

 「……あぁ。俺からだけでなく、親からも守ってやれよ」

 自虐的な言葉をはき、佐々木さんは微かに、笑みを見せた。
 ここに来て、初めて会話をする二人。
 ギスギスした雰囲気はなく、今はもうふつうの……本当に、仲がいい兄弟の雰囲気が窺えた。