「だから絶対にシません。大体、高校生でヤッていいと思ってるんっすか? 婚約者であろうがなんだろうが、ノットスチューデント!
もう借金も何もありませんから、前以上に好き勝手に逃げますよ俺」


「えーっ、性格悪いぞ豊福。あれだけ準備していたくせに……、本当は楽しみだったんだろう? こんな本まで用意して」


「ゲッ! ブックカバーはしてあるけれど中身は簡単に察してしまうそれっ、博紀さんが用意したえげつない実用書じゃないっすか! な、なんで先輩が持って」

「またそうやってうそをつく。自分が用意したんだろ?」


「ちがっ、違います! こ、こ、これは本当に博紀さんがっ」

「何処まで勉強したのか、僕に教えてみてごらん。ん?」


「ウワァアアア! 先輩のおばかー!」

「あ、逃げるなんて卑怯だぞ! こらっ、豊福ー!」


王子の魔の手から逃げるため、車までひた走る。

退院そうそうついていないイベントだ。俺って常に追われる人生なのかも。


ふわっとやさしい風が真っ向から吹く。

持っていた手帳の破れ端が手からすり抜けた。


「やべ」


足を止め、体ごと振り返る。

急に立ち止まったせいで、先輩と衝突事故を起こしてしまった。


荷物を落として尻餅をつく俺と、「急に止まるな」愚痴る彼女。


構わず、俺は天を仰いだ。
つられて御堂先輩も空を仰ぐ。


舞い上がるメモはまるで青空に吸い込まれるように、高くたかくのぼった。


微かに見える一文は、俺達をそっと見下ろしてくる。




≪J'attends avec impatience le retour du printemps.≫




―――春が再び巡ってくることを楽しみにしています。





ねえ、先輩。


おばあさんもずっと、誰かに待ち焦がれ、待ちぼうけを食らっていたかもしれませんね。