「なら病室に行きましょうか。すぐにお茶を買ってしまいますから」
そう告げると、源二さんから首を横に振られる。
病室には玲がいるだろう?
尋ねられ、ああ、娘には聞かれては不味い話なのだと理解した。
確かに今、病室には御堂先輩がいる。さと子ちゃんと談笑している頃だろう。
二人にはトイレと言っているから、少しくらい席を外しても大丈夫だろう。
俺は頷き、源二さんを見つめる。
一子さんの悲しみに暮れた姿、オイオイシクシク泣き出す蘭子さんの姿が視界の端に映った。
なんとなく話の内容に予測がついた。
「空くん。一連の事件は本当に申し訳なく思う。息子として父の愚行を謝罪させて欲しい」
「いいえ、此方こそこっちの親族が大変なことを……」
ぺこっと頭を下げる。
力なく笑う源二さんは三拍ほど間を置き、
「借金の枷はなくなった」
君はもう自由だよ。
意味深な現実を告げられる。
遠まわしだけれど解釈できる。
君はもう自由だ。
無理に婚約者に成り下がっておく必要はない。
あんなことがあって辛いだろう?
離れてしまって構わない、そう言ってくれているんだ。
契約書を破けば、すべてが白紙となる。何もかもが元通りだと源二さん。
一子さんが便乗して、此方のことは気にしなくていいと告げてくれた。
蘭子さんだけがグズグズと泣いているけれど、夫妻は構わず、俺の意思を尊重してくれる。
娘の気持ちを知っているからこそ、彼女がいないところで言ってくれるのだろう。
優しい夫妻のことを怨むことも嫌うこともできないな、と思った。
本当に二人は優しい。
瞬きを繰り返し、俺は返事する。
「今回の事件は本当に色々ありました。正直、参っちゃって……、どうすればいいか途方に暮れて」
庶民出の俺には、財閥という世界は向いていないのかもしれない。
正直に答えた後、「でも」なかったことにもできないし、元通りにもできない。
俺は泣きいを浮かべる。
「まだ御堂先輩には何も言っていませんけれど、あの契約書は、破いてしまおうと思います。あれは俺達の意思で交わした契約ではないので」
「君の望むままにしていいんだよ。空くん」
「ありがとうございます、源二さん。
……では、また新しく契約書を書きたいと我が儘を口にしても良いでしょうか?」
苦笑いから一変して驚愕する源二さんに、
「あの人の傍にいたいんです」
こんな目に遭っても、いえこんな目に遭ったからこそ、先輩の傍にいたい。
真摯に想いを伝える。



