□ ■ □
  
 
病室107号にて。
 

読書に勤しんでいた俺は、ドアのノックにより羅列されていた文字から目を放す。


「はい」返事をすれば、「よっ」扉向こうからひょっこりと大雅先輩が顔を出し、片手を挙げてくる。学校帰りらしく制服姿だった。
 

「この俺様がわざわざ見舞いに来てやったぞ」


感謝しやがれバカヤロウ。

恩着せがましい傲慢な発言に苦笑いを零し、読んでいた本にしおりを挟んで閉じる。

ぐるっと病室を見渡し、「お母さまはいないんだな」昨日一昨日はいたのに、素朴な疑問を抱きつつ、先輩は手土産だと言わんばかりにビニール袋を差し出してきた。


「母さんは仕事っす。人手不足でどうしても休めなかったらしいので。その代わり、さっきまで女中のさと子ちゃんが傍で世話してくれたっすよ」


受け取って中身を確認すると、わぁお俺の大好きなイチゴミルオレが五パックも!

……う、嬉しいけれど嬉しくない複雑な心境である。
 

勿論表向きは大感謝も大感謝。大切に飲むとお礼を告げた。

でなければ、俺様は拗ねるだろう。


ふふんと鼻を鳴らし、スツールに腰掛ける俺様は冷蔵庫に入れてやろうか? と気を利かせてくれた。

首を横に振り、「今飲みたいので」と袋から取り出し、先輩も一緒にどうですか? と手渡した。

受け取ってくれる俺様には感謝してもしきれない。


何故なら、冷蔵庫の中には既にイチゴミルクオレで満たされているのだから。

皆、お見舞いの度に俺の好きなものを買って来てくれるんだけど、共通してイチゴミルクオレなんだよな。


はぁああ、さすがの俺もいっぺんに四つも五つも飲めないぞ。
 

心中で吐息をつきつつ、ストローの封をあけてパックに刺した。

ちゅーっと吸うと甘いイチゴのお味が口内一杯に広がる。

ああ美味い。美味いけれど、あといくつ飲めば消費できるのだろう?

賞味期限は長いだろうから、退院したら自宅に持って帰って父さん母さんと一緒に飲もう。

うん、そうしよう。


……あーあ、まさか今年に入って二度も入院する羽目になるとは思いもしなかったなぁ。

どうしてこうなっちまったんだろう。
本気で今年は厄年かもしれない。お払いにいかなければ。


頭に巻かれた包帯を軽く触りつつ、

「鈴理先輩は一緒じゃないんっすか?」

昨日一昨日は一緒に来てくれたけれど、と質問。


「野暮用」後で来るってよ。大雅先輩は肩を竦めて、きょろっと双眸を俺に向けてきた。


「気持ち、少しは落ち着いたか?」
 

憂慮の念を向けてくれる俺様に少しばかり静止。

ぎこちなく頷き、もう大丈夫だと答える。


「まだ気持ちは散らかったままっすけどね」


苦々しく笑うと、「だろうな」簡単に割り切れる事件じゃなかった、と大雅先輩がしんみり相槌を打ってくれた。