「真実がいつも、正しいとは限らない。もし御堂先輩がこの件を知れば、ひどく淳蔵さまを憎む。
今以上に憎んで、それこそ猪突猛進に相手を蹴落とそうとする。そんな先輩、見たくないんだ。うそも方便って言うでしょう? だから、お願い。さと子ちゃん」
 


―――空さまは玲お嬢様を少しならず想っている。
 
 
私は空さまの想いを酌んで承諾した。

ブレーキの件を知っているであろう竹之内さまにも口止めをお願いし、これは三人だけの秘密にした。

優しいうそは彼女にばれた際、きっと酷く傷つける刃(やいば)となるだろう。

けれど、ばれなければ、いつまでも優しい想いに留まる。
なら優しいうそを貫くため、私達は真実を胸の内に沈めよう。大好きな玲お嬢様のために。
  


玲お嬢様と空さまは病院で再会した。

治療を受け終わった空さまの下に駆け寄り、大丈夫か、命に別状はっ……気が済むまで聞いて、怪我人に抱きつき、泣きじゃくった。
周囲の目も気にせず、慟哭するお嬢様の姿はとても痛々しく、後悔と罪悪と申し訳なさが醸し出されていた。

寝台に横たわっていた空さまは、「ダイジョーブっす」俺はダイジョーブ、とわっしゃわしゃ髪を撫ぜていたけれど、お嬢様は泣くばかり。

真実を隠してよかったと思う。
こんな状態で真実を知れば、きっと玲お嬢様は崩れてしまう。

男装をして気丈に振る舞っているお嬢様だけれど、内面は脆いお方なんだ。その脆い部分を包んでくれる人がお嬢様には必要なのだと思う。


けれど空さまは御堂家に間接的な裏切りを受けている。

また、別の方を想い人として胸に抱いている。


果たして、そんな状態でこれからもお嬢様の傍にいてくれるのだろうか?

今、空さまが去ればお嬢様は自分を見失う。
でも無理に傍にいても、双方の心労が積み重なるだけだろう。

仲違いになる可能性もある。


どうすればいいのか、私には答えのヒントすら導き出せない。
 
 

数日後、私の耳に情報が入った。

それは旦那様と奥方様が大旦那様との縁を切り、これから先、自分達独自の御堂財閥を立ち上げるというもの。


つまり財閥内で分裂が起きてしまったのだ。
 
今まで横暴な命令をされようとお二方は黙って命令に従っていた。

けれどある程度の一件を知り、愛娘のため、これ以上娘に近付かせないために、目を瞠る行動を起こして見せたのだ。


蘭子さんはとんでもないことになってしまったと青褪めた様子で語ってくれたけれど、「玲お嬢様のためです」大旦那様は血縁のある家族に見放されたのだと毒を吐いていた。


親子で対立してしまうってものすごいことなんだろうな。

凡人の私には想像もつかない世界だけれど。



これから空さまはどうしていくのだろう?
 
玲お嬢様が契約書の一枚を破ってしまったと聞いた。
それは婚約の証である書類で対(つい)となっている片方が破られれば、契約の効果は意味を成さない。

そう、互いの同意がなければ婚約はもう意味を成さないのだから。