それから先の記憶はひどく曖昧だ。

凍てつく水が体の芯をこおらせ一瞬にして体が冷えてしまったところや、流れの速い川と絡みつく藻、重たくなる服のせいで、思うような泳ぎができなかったこと。


どうにか水の中で背広を脱ぎ、まったく視界の利かない水面から顔を出したところまでは憶えている。


けれど後は何がどうしたのかちっとも……、ごふっ、と水を吐いたところでやっと俺の意識は浮上した。

唇がやけに熱いのは何故だろう?


「空!」
 

目と鼻の先に鈴理先輩の濡れた顔が飛び込んでくる。
 
ずぶ濡れの彼女を見つめ、見つめ返して、俺はそっと右の手を伸ばした。

その手を掴み、指を絡ませてくる鈴理先輩は無事で本当に良かったと泣き笑いを作る。


瞬きを繰り返し、俺はようやく此処が川岸なのだと理解。

痛い砂利のマットに寝そべっているのだと把握し、そっと首を捻って川の方角に視線を流す。


「車は沈んでしまったよ」


同乗していた奴等は……、先輩の言葉が濁る。


未だに夢心地な気分でいる俺は、彼女の手をきつく握り締め、顔をくしゃくしゃにする。

怖かったと叫びたかったし、恐ろしかったと泣きたかったし、どうしてこんな目に遭わなければいけないのだと悲観したくなった。

でも違う。
俺が今、言いたいことはこんな言葉じゃない。


俺の危険を察知し身を挺して駆けつけてくれた元カノを見つめ、「どうやって」俺のピンチを知ったのだと尋ねる。

するとあたし様は当然の如く言うのだ。
  
 
「言ったではないか、必ず迎えに来る、と。今がその時だったのだ。―――あたしは空の騎士、馬鹿をしてでもあんたのピンチには駆けつけるのだよ」

 
ウィンクするあたし様にどっと涙が溢れた。

それが安堵からくるものなのか、恐怖からくるものなのか、はたまた別の感情からくるものなのか。それは分からない。


ただ涙した。

うそつきならこういう時こそ嘘を吐いて、格好をつけるべきなのに、俺は相手に縋って泣きじゃくった。


抱擁してくれる彼女を抱き締め、

「ごめんなさい」

貴方を傷付けてばかりでごめんなさい。
感情を弄ぶような行動を起こしてごめんなさい。


これまでの行いを謝罪する。


「馬鹿を言え」

そんなもの、お互い様ではないか。
あたしもあんたを振り回してばかりだ。すまない、本当にすまない。

なにより無事で良かった。


鈴理先輩は有りの儘に自分の気持ちを贈ってくれた。
  

双方、謝罪の嵐。


ならもう謝罪するのはやめにして、別の言葉を贈ろう。

嘘偽りのない言葉で、着飾らない言葉でありがとう、と貴女に贈ろう。