お前のせいで俺達家族はどれだけ辛いを噛み締めたと思う?
父さんは見覚えのない連帯保証人の著名に絶句し、母さんは俺を借金の肩代わりにしなければいけない現実に涙した。
見てみぬ振りをしてきたけれど、二人は何度も息子に謝罪していた。
借金の負担を息子一人に押し付けてしまう、親で本当にすまないと何度も、なんども。
御堂家が俺達に手を差し伸べなければもっと見ていただろう、その借金地獄。
いや肩代わりの日々も優しくはなかった。
御堂先輩、夫妻が支えになってくれていたけれど、今までにない束縛された日々を送る。
それは並々ならぬ苦痛だった。
あの家族には言えないけれど、幾たびも俺は挫折していた。
自分の意思すら砕かれ、ただただ他人(ひと)のために生きる。
誰かのために生き、そして死ぬことは心が死んでいることも同じ。
俺が俺のために生きることを許されない。本当は嫌だった、泣きたかった、しんどかった。
でも救済の手を差し伸べてくれた御堂家のためならば、といつだって前向きに努力してきたんだ。
お前にその苦労のっ、努力のっ、何が分かる?
唸り声をあげて相手を見据えていると、「めでたい奴だ」嵌められたことすら知らずに御堂家を慕っているなんてな。
浮浪者改め濱が大袈裟に肩を竦めてくる。
どういう意味だと詰問。
車は左にカーブし、信号を無視して直進する。ネオンの明かりを視界の端に入れつつ、濱は銃口を二、三度、ぐりぐり押し付け鼻を鳴らした。
「ま、どうせ金を貰ったらトンズラするわけだし」
喋っても構わないだろう。嫌みったらしい笑みを作り、分厚い唇を開けた。
「怨むならお前に恋したご令嬢を怨むんだな」
御堂先輩を? 意味が分からない。どうして彼女の名が。
「ご令嬢がお前にお熱をあげたことがすべての始まり。―――御堂淳蔵と俺が契約を交わすことになった引き金はあの男装お嬢さんだ」
おっと困惑しているようだな。
お前さんは御堂家に多大な恩義を感じているようだし、途方に暮れているのも分かる。
だがこれは紛れもない真実。
男嫌いの御堂玲が一端の野郎に恋に落ちたと知るや、あのじいさん、俺に連絡をよこしてきやがった。
どっから個人情報を入手したのか分からないが、俺に名を貸せと交渉してきたよ。
裕作を連帯保証人に貶めるために、な。
報酬は五百万。
お前等が負った借金の額をまるっと俺に渡すと約束してくれた。
金には困っていたが半信半疑。
詐欺なんじゃないかと疑心になりながら名前を貸したら、本当に五百万が預金通帳におさまってやがった。
ただ名を貸すだけで一般リーマンの年収がごっそり通帳に入る。
そりゃ快感も快感だった。
感謝したぜ。お前に恋したお嬢さんを。
あのじいさんがお前にどんな利用価値を見出して貶めようとしたかは知らんが、いい金づるになった。
今、こうしてお前の身を捕獲したのも紛れもないじいさんの差し金。
捕まえれば報酬百万、指定された場所に運べば五百万が入るって寸法だ。
お前、どんだけ金になんだぁ? まじ助かるぜ。
「ショックか。恩を抱いていた財閥の真実を知って」
呆ける俺の表情をさも面白そうに見やる濱。
ショックか? 大ショックも大ショックだよ。
まさか、俺達を助けてくれた家族が≪真犯人≫だったなんて絶句も絶句。目の前真っ暗だよ。
御堂先輩が俺に恋をしたから、だから淳蔵さんは目を付けた。豊
福家を平然と奈落に突き飛ばし、偽善者ぶって救済の手を差し伸べる。
狡いこと極まりない。俺が恩を返そうとしていた行為は一体……、ああでも。でも。だけど。
裏に御堂先輩の横顔が過ぎる。
あの人は何も知らなかったんだ、この事実に。
今なら分かる、彼女がどうして俺達家族を不幸だと称したのか。
なんで俺に何度も謝罪していたのか。
傍に居て欲しいと切望していた眼が哀しみにくれていたのか。
彼女は俺より先に真相を知り、罪悪を抱き、なおも俺を好いて淳蔵さんの言いなりになろうと成り下がっていたんだ。
それがせめてもの罪滅ぼしだと言わんばかりに。
俺のことを好いてしまった、その後悔を噛み締めながらも、想いを寄せてくれていた。
―――怨めるわけない。彼女のことを。
「どうした? 絶望のあまり、声も出ないか。もしやあのお嬢さんも」
「そ、空さま。お嬢様は大旦那様とは違います! 玲お嬢様は本当に空さまを想って」
―――怨めるわけがない。本当の関係を欲していた彼女のことを。
「ま、俺なら怨んで仕方がないだろうがな。あのあばずれを」
「先輩をわるく、言うな」
―――怨めるわけがない。借金の呪縛から解き放とうとしていた彼女を怨める筈がないんだ。



