「あー声が聞こえづらい。空くん、ちょっと僕は外に出るよ。君は中にいて。なんか二人、ヤラかしているみたいだから」
と、エビくんに声を掛けられる。
顧みると、窓は閉めておくように注意された。
決して外界には出てはいけない。
自分の立場を思い出させてくれるエビくんにごめんと謝罪し、窓ガラスを上げた。
確認したいけどやめておこう。
下手に動けば皆に迷惑が掛かる。
もし彼らが俺の知る“彼ら”なら不審者扱いしている安部さん達に弁解しなければ。
「僕が出たら鍵を閉めといてね」
用心深いエビくんに分かったよ、と肩を竦める。
念には念を入れておけってことだろう?
了解しました。
エビくんが車の扉を開ける。
彼が外に出たと同着でかん、からん、と音が聞こえた。
金属が跳ねるような音。
空き缶がポイ捨てされ、アスファルトに叩きつけられたような音が微かに聞こえる。
何の音だと揃って視線を持ち上げた刹那、安部さん達がいる向こう側から白い靄が立ち上った。
悲鳴と戸惑いの声が聞こえてくる。
靄に隠れた安部さんから、「吸うな!」これは催涙ガスだと怒号が。
「っ、空くん! 急いで扉をッ、ヅ!」
「え、エビくん!」
事態を重く見たエビくんが車の扉を閉めようとした刹那、体が横に倒れてしまう。
トランシーバーを落とすエビくんに目をやる間もなく、他者の手がドア枠を掴んで乗り込んでくる。
中年のオッサンだった。
無精ひげを生やし、くたびれた革ジャンを羽織っているそいつは濁った瞳で俺を捉えてくる。
なにこいつ、見るからに浮浪者に見えるんだけど。
奴は見つけたといわんばかりに口角を持ち上げ、手を伸ばしてくる。
「逃げろー!」
外で倒れているエビくんの喝破により、反対側の扉の鍵を外した。
扉を開けることには成功できたけれど、逃がすかの一言を吐いたそいつに背後から首を絞めるように掴まれてしまう。
声を出す前に喉を絞められ、更に空いた手で口を塞がれた。これじゃあ助けすら呼べやしない。
息苦しさに顔を歪め、身を震わす。
抵抗したいけれど抵抗できない。
過去に誘拐された記憶のせいで体が震えるんだ。
どうしようもなく身が震える。
それが俺のトラウマになっていることを男は知っているようで、「怖いもんな?」くつりと喉を鳴らし、一層首を絞めてきた。
ちょ、俺を殺す気かよ。意識が朦朧としてきたんだけどっ。
もう口を手で押さえなくてもいいと判断したのか、片手で扉を閉めた。
外にいるエビくんが動く前に策を打ったらしい。
よろめきながら立ち上がるエビくんが扉を叩いている。
脇腹を押さえている様子からして蹴られたようだ。
ああやばいっ、俺も息っ、息が「空さまに何をしているんですかぁあああ!」
びゅんっ!
剛速球ともいえる何かが男の顔面に当たった。
ポーチのようだ。
レース付きの可愛らしい皮製のポーチが男の顔に当たり、見事クリーンヒット!
男が身悶えたおかげで手が緩み、俺はキャツの手から逃れることができた。
ゼェゼェ息をついて酸素を取り入れていると、
「空さま! 早く車から降りて下さい!」
反対側の扉に身を乗り出し、誰かが腕を掴んできた。
―――…さと子ちゃん、やっぱりさっきの声は彼女のものだったのか。
「さと、子ちゃん。なんで此処に」
有無言わせず、彼女が腕を引っ張ってくる。
今は質問している場合じゃないよな。俺は力を振り絞ってドア枠に足を掛けた。
が、男は執念で俺の体を引き戻す。
更にキャツには仲間がいたのか、彼女の背後に若いキンパの兄ちゃんがゆらっと立ち、思い切りさと子ちゃんを押した。
よって俺に重なる形で彼女が乗り上げてくる。
無情にも扉は閉められ、運転席にキンパ兄ちゃんが回り、俺を拘束している男はさっき以上に首を絞めて人を殺しに掛かった。



