それどころか家族との仲に溝ができちゃいますね。これも自業自得でしょうけれど?
 

アイロニー帯びた表情で淳蔵を見やる楓だが支配者は笑みを崩さない。

それどころか申し出を簡単に承諾する姿勢を見せた。

財閥の人間を呼び、挙式が開かれているのにも関わらず、だ。


何を目論んでいる?

次第次第に警戒心を募らせる楓に、

「その契約を交わすには」

豊福家長男を寄こしてもらわなければ。淳蔵が飄々と条件を出してきた。


婚約を交わしているのも、借金の肩代わりになっているのも彼だ。

本人を此処に寄こし、サインを貰わなければ話にならないと伝えてくる。


簡単な条件だが、違和感を覚えて仕方がない。

言いようのない恐怖心を感じた玲は大雅に、

「豊福と連絡はつくか?」

大至急ここに寄こして欲しいと頼む。


了解だと頷き、大雅が連絡を取る。
彼の友人から一報は入っている。確かに駐車場に向かった筈だ。

しかも他の友人やガードマンの森崎達が一緒なのだから無事であることは明瞭。


なのになんだ、この言いようのない不安は。
 

スマホで連絡を取る大雅の傍らでは玲が血の気を引かせている。

彼女は見てしまったのだ。祖父のギラついた瞳を。


一見紳士に見えて、自分の手中に獲物をおさめたと勝ち誇っている、その凶暴ともいえる笑みを。


「ま、さか」


自分達の行動を先読みして祖父が一手を起こしたのでは?

ネガティブな思想に染まっていく玲。
その肩に真衣が両手を置き、しっかり気を持つよう声を掛けた。


大丈夫、きっと連絡が繋がり次第、彼の元気な声が聞ける。

真衣の慰めも、淳蔵がすべて握り潰してしまう。


「玲。言った筈だ。女のお前から彼を奪うことなど容易い。相応しくない人間は斬り捨てるべきだと思っている、と。
惜しい男を失ったねぇ。運が良ければ命は助かるだろうけれど」


「と、豊福に何をっ、なにをしたんです!」

「時期に分かる。もう、時期に」


支配者の嫌みったらしい笑みと同着で、「んだって!」大雅の驚愕した声音が控え室を満たした。

真衣の手から離れ、どうしたのだと大雅に縋る。

決まり悪そうにスマホから耳を離す大雅は「やられた」駐車場で一騒動起きたらしい、と申し訳なさそうな面持ちを作る。



「豊福を乗せていた待機用の車がっ……奪われた。どっかに連れてかれちまったらしい」
 
 

世界が暗転しそうになった。

「そんな」だって博紀は彼の傍にいなかったのにっ、ガードマン達が傍にいた筈なのにっ、どうして。

顔面蒼白する玲に、逆らうからこうなるのだと淳蔵が白々しい態度で同情した。


今頃、彼は素敵過ぎるドライブを楽しんでいるに違いない。

素敵過ぎて天国に行っているかもしれない。


一々人の心を抉るような言葉を吐くご老人に、さすがの楓も豹変した。


「御堂淳蔵っ、お前はそうやって人のトラウマを作る気か! 実の孫にそうやって恐怖心を与え、服従させようとする気なのか!」

「孫だろうとなんだろうと関係ない。使えない駒は使えるよう調教する。それでも無理なら斬り捨てる。少しばかりじゃじゃ馬娘の孫に刺激を与えないとな」


「っ……、だから五財盟主は嫌いなんだっ! お前等、五財盟主の起こす行動は人の傷付くことばかりだ!」
 


怒声も支配者の心は勿論、耳にすら届かない。

足を組みなおし、自分達の起こす反応を静観している。


嫌な眼だ。
 


「不味いことになっちまった。どうする兄貴? 鈴理も落ち着けよ……、すず、り?」

 

ここで大雅は鈴理の姿が見当たらないことに気付く。

あの馬鹿。まさか一人で飛び出したんじゃっ、血相を変える大雅に、「そういえば」鈴理さん。この部屋に一緒に入ってきましたけ? 真衣が素朴な疑問を口にする。


瞬きを数回繰り返し、大雅は思い出のページを捲る。


 
鈴理は俺達と途中まで一緒だった。

それは憶えている、が、部屋に入った時にはもう―――…?