「ちったぁ冷静になったみてぇだな。
玲、まだじっちゃんの言いなりになるのは早ぇよ。
鈴理、さっき森崎から連絡が入ったぜ。
本多達が豊福と合流できたみてぇだ。目付けを撒けたらしいぜ」
「そうか。では空は無事に監視の目から逃れることができたというわけか」
彼等の会話に玲は目を削ぐ。
それに気付いた鈴理は口角を持ち上げ、
「空も男だということだな」
あんたを止めたくてうずうずしているらしい。
可能性がある限り、足掻く男なのだと肩を竦める。
なんてことだ。とんだじゃじゃ馬姫である。
あれほど汐らしく待っていると言っていたくせに、また嘘をつかれたようだ。
いや、彼のことだ。嘘はついていない。
きっと今も自分の迎えを待っている。
ただ言葉足らずだっただけ。
あのお姫さんは≪行動しない≫と言っていないし、自分も≪起こすな≫と言っていないのだから。
結局、彼も男であり、一端の女性を守ろうと奔走する異性なのか。腹立たしい限りだ。
「土壇場で身を挺して走る。ヘタレ姫も男を見せてくれるものだ。僕の立場がないじゃないか」
「ふん、気持ちは分からないでもない。あたしも守られた経験があるからな。……玲、あたし達と来るよな?」
「愚問だね」頭に飾っていたコサージュを引きちぎり、畳に捨てる。
「おまっ!」慌てて大雅が背を向けた。
構わず玲はドレスを脱ぎ捨て下着姿になると、床の間の窓辺に足を伸ばす。
散乱している物を踏まないよう足元に注意を払いながら、カーテン下に放置されている小型キャリーバックに手をかける。
チャックを開け、持ってきた衣服に腕を通した。
また男装少女に戻るのか? 折角の馬子にも衣装が台無しだと鈴理。
父のスマホから盗聴器を抜くため、カバーを外している。
皮肉をどうも。カッターシャツのボタンを留めると、スラックスを履き、ベルトを締める。
学ランの上衣を羽織り、木綿のハンカチで口紅を拭う。
「空の借金。大雅と話していたのだが、楓さんにお願いして五百万を借りようと思っている。あたしと大雅とあんたの名で。
データを守ってもらったんだ。名くらい貸せる。
五百万、耳を揃えて払えば些少ならずあいつは自由になるだろう?
ようは淳蔵さんの世話にならないよう、差し向ければ良い。あとは」
「婚約式は本人達がいない限り、成立しないから安心していいよ。豊福はジジイの手に落ちていないんだよな?」
「ああ。あいつは森崎達が保護している筈だ。念のため、行方を眩ませている理由付けとして駐車場に避難させている」
なるほど、駐車場に居させればどうとでも口実が作れるわけか。
凝った演出だと苦笑しハンカチを仕舞うと、入れ違いに二枚の紙切れを取り出して上衣を翻す。
「それは?」鈴理の疑問に、二枚ともヒトの人生を左右する契約書だと素っ気無く返す。
なんの契約書かは謂わずも分かってくれるだろう。
片方は金について、片方は将来について綴られた契約書が玲の手中におさまっていた。
将来についての契約書は対になっており、片割れは豊福家が持っている。
「これから交渉しに行く。君達の名、貸してもらうよ」
ひらひらっと契約書を見せつけながら二人に同意を求める。
元気になった途端これだ。
偉そうだと大雅が呆れ、鈴理がそれでこそ好敵手だと口元を緩める。
今頃、会場は大変なことになっているだろうな」
ちょっと意地の悪いことを言えば、
「構わないさ」
僕と豊福が決めた挙式じゃないからね。
大袈裟に肩を竦める王子は鼻を鳴らし、笑みを零した。
それは今日はじめて友人に見せる素の笑顔だった。



