前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―




「ちったぁ冷静になったみてぇだな。
玲、まだじっちゃんの言いなりになるのは早ぇよ。

鈴理、さっき森崎から連絡が入ったぜ。
本多達が豊福と合流できたみてぇだ。目付けを撒けたらしいぜ」


「そうか。では空は無事に監視の目から逃れることができたというわけか」


彼等の会話に玲は目を削ぐ。

それに気付いた鈴理は口角を持ち上げ、

「空も男だということだな」

あんたを止めたくてうずうずしているらしい。
可能性がある限り、足掻く男なのだと肩を竦める。


なんてことだ。とんだじゃじゃ馬姫である。

あれほど汐らしく待っていると言っていたくせに、また嘘をつかれたようだ。

いや、彼のことだ。嘘はついていない。

きっと今も自分の迎えを待っている。

ただ言葉足らずだっただけ。


あのお姫さんは≪行動しない≫と言っていないし、自分も≪起こすな≫と言っていないのだから。


結局、彼も男であり、一端の女性を守ろうと奔走する異性なのか。腹立たしい限りだ。
 

「土壇場で身を挺して走る。ヘタレ姫も男を見せてくれるものだ。僕の立場がないじゃないか」

「ふん、気持ちは分からないでもない。あたしも守られた経験があるからな。……玲、あたし達と来るよな?」


「愚問だね」頭に飾っていたコサージュを引きちぎり、畳に捨てる。

「おまっ!」慌てて大雅が背を向けた。

構わず玲はドレスを脱ぎ捨て下着姿になると、床の間の窓辺に足を伸ばす。

散乱している物を踏まないよう足元に注意を払いながら、カーテン下に放置されている小型キャリーバックに手をかける。

チャックを開け、持ってきた衣服に腕を通した。
 

また男装少女に戻るのか? 折角の馬子にも衣装が台無しだと鈴理。

父のスマホから盗聴器を抜くため、カバーを外している。


皮肉をどうも。カッターシャツのボタンを留めると、スラックスを履き、ベルトを締める。

学ランの上衣を羽織り、木綿のハンカチで口紅を拭う。
 

「空の借金。大雅と話していたのだが、楓さんにお願いして五百万を借りようと思っている。あたしと大雅とあんたの名で。
データを守ってもらったんだ。名くらい貸せる。

五百万、耳を揃えて払えば些少ならずあいつは自由になるだろう?

ようは淳蔵さんの世話にならないよう、差し向ければ良い。あとは」


「婚約式は本人達がいない限り、成立しないから安心していいよ。豊福はジジイの手に落ちていないんだよな?」

「ああ。あいつは森崎達が保護している筈だ。念のため、行方を眩ませている理由付けとして駐車場に避難させている」 


なるほど、駐車場に居させればどうとでも口実が作れるわけか。

凝った演出だと苦笑しハンカチを仕舞うと、入れ違いに二枚の紙切れを取り出して上衣を翻す。

「それは?」鈴理の疑問に、二枚ともヒトの人生を左右する契約書だと素っ気無く返す。


なんの契約書かは謂わずも分かってくれるだろう。


片方は金について、片方は将来について綴られた契約書が玲の手中におさまっていた。

将来についての契約書は対になっており、片割れは豊福家が持っている。


「これから交渉しに行く。君達の名、貸してもらうよ」
 

ひらひらっと契約書を見せつけながら二人に同意を求める。

元気になった途端これだ。
偉そうだと大雅が呆れ、鈴理がそれでこそ好敵手だと口元を緩める。
 
今頃、会場は大変なことになっているだろうな」

ちょっと意地の悪いことを言えば、

「構わないさ」

僕と豊福が決めた挙式じゃないからね。


大袈裟に肩を竦める王子は鼻を鳴らし、笑みを零した。



それは今日はじめて友人に見せる素の笑顔だった。