「此処は僕と豊福の泊まる部屋なんだけどね」
意地の悪い笑みを向ければ、「ほお」では此処は愛の巣になると言うのだな? 鈴理は眉を上げてわざとらしい驚き方をする。
ならばいっそのことこの部屋を利用できないよう汚してしまおうか。
そうすればケッタイな行為は避けられるだろ?
何故ならハジメテを頂くのはこのあたしなのだから、不敵に笑う好敵手に嫉妬は醜いと皮肉った。
これだから元カノという存在は厄介なのだ。
さっさと諦めれば済むことを、往生際悪く足掻き、蛇のように執着心を向ける。
未練がましいオンナだと酷評し、いっそのこと君の前で食べてしまおうか、笑顔を向ける。
「さすがの君でも諦めもつくだろう?」
そう問えば、「この腹黒女」あんたの素はそれだ。紳士王子なんて言語道断、耳が痛いわ。鈴理が毒言した。
お褒めの言葉として頂戴しておこう。
会話が一区切りし、双方に沈黙が流れる。
互いに出方を窺っている、といったところだ。冷気を纏う空気が肌を刺す。
「それは父のスマホなのだが?」
先制してきたのは鈴理だった。
玲の持つスマホを指差し、澄んだ茶の瞳を据えて、確か受付のフロントで預けた筈だと眉根を寄せてくる。
挙式の会場は機器類や荷物の持ち込みは原則禁止されている。
内輪だけの挙式と違い、正式に行われる財閥の挙式は非常に厳かなのだ。
だから父や自分達は荷物を預けた。
その荷物が何故、この部屋に移動されているのか。
そしてあんたは何をしているのだ? 尋問が徐々に詰問へと変わっていく。
「僕が何をしているように見える?」
スマホを握りなおし、相手の鋭い眼光を受け止める。
「そうだな」
しいて言えば、犯罪か? 鈴理は容赦ない言の葉を返した。
「玲。父のスマホを返してもらおうか。今、あんたが仕込んだのは盗聴器だろ?」
ご名答である。
自分はたった今、彼女の父のスマホに盗聴器を仕込んだ。
豆粒のようなチップをスマホに仕込む、それだけの簡単な作業を自分はしたのだ。
本当は彼女の父のスマホに仕込んだ後は大雅の父の携帯に仕込む予定だったのだが、事はそう上手く運んでくれないらしい。
「業務でも盗聴しようと思ったか? 戯け者め」
これまたご名答である。
「困ったね」君にばれてしまえば、この計画がパァになるじゃないか。いつからつけていたのだと質問を返す。
それには答えず、「ゲームオーバー」あたしの勝ちだと鈴理が口角を持ち上げる。
「違うね」
君は負けている。
だって今日が決着日、君は婚約を白紙にさせたのかい? させていないだろう? 僕の勝ちだと玲は目を閉じた。
「そうだな。あんたがあたし達から逃げ回ってくれていたせいで、勝負のことなど念頭にすらなかった。あんたを止めたい一心だったのだよ」
「負け惜しみかい?」
「仕方がないではないか。好きな男に助けを求められたのだから。これで動かなければ、攻め女失格だ。あたしはあいつの騎士だぞ」
ゆるりと壁から背を離し、彼女が体ごと向かい合ってくる。
再び行為について咎め、こんなことをやったところであんたのためにはならないと説得される。
どうせ祖父の命令でやらされているのだろう? ならすぐにでもやめろ。
それが玲のためだと鈴理。
しかし玲は聞く耳を持てずにいた。
自分のためにならないのは百も承知しているのだから。
それが立場上、三財閥の関係を壊すことになっても玲は引くつもりはない。
命じられたことを忠実に遂行する。
それだけのために此処にいるのだ。
「淳蔵さんの言いなりになるつもりか?」
焦燥感を含めた問い掛けに、「ああ」そのつもりだよ、あっさり肯定してみせた。
心底毛嫌いしている祖父の犬になると宣言。
これは“忠誠心”を見せるための試験だとシニカルな笑みを浮かべた。
「あいつの言いなりになることで豊福が守れるなら、喜んで犬に成り下がる。たとえ、僕等の関係が壊れてしまうことになっても」
「空の起こした行動が無碍になるではないか。
あいつがなんのために淳蔵さんの命令に逆らったと思っているッ……あんたの未来を守りたいからだろう? あたし達、財閥の共存を願ってのことだろう?」
その気持ちを無駄にするつもりなのか。それでもあたしの好敵手か。らしくない。
空を人質に取られているからか?
だとしても、何故あたし達を頼らないんだ。
何故ひとりで解決しようとする。
勝負があってのことかもしれないが、そうも言ってられないだろう。
言いなりにならずとも解決できる方法は沢山あるではないか。
空自身、嫌がっていなかったか?
あいつは目付けに見張られながらもあたし達にSOS信号を送ってきたぞ。
玲を助けて、友人を助けて、と。
あんたの好きな男は、あんたがじいさんに利用されることを望んでいないんだ。
あまりにも借金のことでじいさんがあいつに圧力をかけてくるようならば、あたし達で救い出せばいい。
空だってそうしたじゃないか。
圧力を掛けられ、ご両親を人質に取られながらも、あたし達財閥の共栄を願って逆らった。壊したくないんだ、あたし達の関係を。
起こした行動で財閥がいがみ合う可能性があるから。



