前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―




「僕を含めたみんな馬鹿だよね」


男ってどーしてこうなんだろう。深い溜息をつくエビくんの独り言により、我に返る。

現実逃避をしている場合じゃなかった。
俺達はペコポン侵略を目論む宇宙人じゃないっつーの。

ノッている場合じゃない、まずは話せる場所まで足を動かさないと。


エレベータには乗らず、非常階段を転げるように駆け下り、俺達は近場の男子便所に駆け込んだ。

誰もいないことを確認して、清掃用具箱から【ただいま清掃中】の立て札を取り出す。

これを扉にかけることによって一般人の侵入は防げる。

従業員が見たら疑心を抱くに違いないだろうけど、ほんの少しの間だけだ。許して欲しい。
 

四人でゼェゼェ息をつき、少し呼吸が落ち着いたところで会話を再開する。

まず俺とアジくんからの質問から。

どうして二人がこのフロアにいるのだろうか。


トランシーバーのやり取りでは森崎さん達と合流する予定だったんじゃ……二人が駆けつけてくれたおかげで助かったんだけどさ。
 

「どうしたもこうしたもないよ」


人質に取られていたイチゴくんがいきなり走り出したのだとエビくんがキャツを親指でさす。

その顔には疲労の色が。
一目で振り回されたのだと理解してしまう。

しょうがないじゃないか、鼻を鳴らすイチゴくんはぎゅっと眉根を寄せて唇を尖らせた。


「あいつ、俺の逃走を知ってこっちに来ただろ? けど、すぐに追うのをやめた。それって何か考えがあってのことだと思ってさ。
なにより俺はあいつとスッゲェ気が合わないんだ。いつも血眼になって追い駆けて来るトムが、かーんたんにジェリーを諦めるなんて不審だと思うだろ?」


さすがはイチゴくんである。

伊達に博紀さんとおにごっこをしていたわけではないようだ。

清々したと笑顔を零すイチゴくんは、本当に鬱憤が溜まっていたのだと吐露する。

あいつのせいでこの一週間、行動を制限されていた。
それが苦痛で仕方がなかったのだと鼻を鳴らす。


「無事でよかったよ」凄く心配していた、俺の言葉に、「べつに助けなくても良かったかもしれないよ」意味深にエビくんが肩を落とした。


それはどういう意味だろう?


目をぱちくりさせる俺とアジくんに、「翼くんさ」僕が部屋に入った時、何していたと思う? キャツを見やり、またひとつ溜息。


「ベッドの上でDSをしていたんだよ。
声を掛けたら、『まった。あと少しで二十連鎖いけるかもしれないんだ!』

……話し掛けるなオーラを出された。そりゃもう楽しそうだったよ、この子」


しらっとした目でイチゴくんを見やれば、「熱中していたんだ」ごめんごめんと片手を出す。


「いやさ。ホテルの一室に軟禁されていた俺なんですけどー、あんまりにも暇だったんで? だから見張りの奴にゲームしたいって頼んだんですよぉ。
ゲームをさせてくれたら、絶対に大人しくするって約束を結んでさ。

で、見張りの人にマリカーとぷよぷよと脳トレを貸してもらった」


「イチゴ……、お前、幸せな奴だな。こっちの気も知らないで」

「しょーがねえじゃんアジ。脱走したいのは山々だったんだけど、見張りの目が厳しくて手も足も出なかったんだからさ。ほんっとこの一週間でゲームしまくったわ。俺」
 

おかげでPS3や3DS欲しくなっちまった。

能天気に笑うイチゴくんに、アジくんが大層めでたい頭をしていると呆れ返る。

苦笑いを噛み締めつつも俺は楽しい思いをしてくれたなら良かった、と返事した。

苦痛を与えられるよりかはずっとマシだ。俺のせいで彼を巻き込んでいるのだから。

もしもイチゴくんが苦痛のあまりにボッロボロになってしまっていたら罪悪に苛んでいたと思う。

ゲームパラダイスを堪能してくれていたなら本当に一安心だ。
 

ニッと歯茎を見せて笑うイチゴくんは本当に楽しい一週間だと腰に手を当てた。

「後はハッピーエンドを手にするだけだろ?」

なら楽しんでいこうぜ、ウィンクしてくるマイペース男に楽しめる状況じゃないとフライト兄弟がツッコんだ。

が、キャツは刺激的で楽しいじゃんか、平然と笑う。


「だってよ? お高そうなホテルで消火器をぶちまけたり、鬼ごっこしたり、挙句の果てには婚約式を中止させようとしているんだ。めったにない経験だって。楽しんでいかないと。

あ、ちなみに消火器は俺のいた部屋から持ち出したんだ。
ホテルって各々の部屋に消火器を置いているらしいんだ。

何か遭ったらあいつにぶちまけてやろうと思っていたんだけど、持っていって正解だったぜ」


「ほんっとうにお気楽な子だよね、君って。……それはそうと挙式を中止にしても、現状の根底は変わらないよ。空くん、君は挙式が中止になっても」

「うん、借金の枷が消えたわけじゃない。捕まれば最悪、責任を取らされるだろうね。もう、挙式も始まる。今頃関係者は俺を捜しているんじゃないかな」