廊下に放り出されたアジくんは部下の人に拘束されていた。
「まじかよ。もう俺達の動きを掴むなんてこいつ等、怖いんだけど」
引き攣り顔を浮かべるアジくんに、
「舐めていたねぇ」
君達少年に僕等が欺かれるわけないだろ? 財閥社会で生きている社会人の僕等に勝てるとでも? 博紀さんがクスリと喉で笑う。
「やはり空さまは芯から御堂家に忠誠心を捧げてはいなかった。
最初はこういう反発があって当然だと予想はできましたが、少しばかりお遊びが過ぎますよ? もうすぐ挙式があるというのに」
「う゛ぁ」
捻られる強さが最高潮に達した。
骨が軋む。
皮膚が本当に破られそうな強い捻り、あと少し力が加えられたら骨が折れてしまうかもしれない。
歯を食い縛って身悶える俺に、
「最終手段を使いますかね」
挨拶が終わり次第、挙式が終わるまで例の和室にいてもらいましょう。
お小言や罰はまた後日にして、ね。
一度痛い目を見なければ、本当の意味で反省しないでしょうし。
サディスティックな笑声を零し、「誰にしましょうかね」やはりご両親でいきますか? 皺寄せの犠牲になる方は。極上の脅し文句を囁いてくる。
「空!」
アジくんの叫びは遠い。
完全に博紀さんに屈している俺がいるから。
「取り敢えず控え室に戻りましょうかね。スーツまで着替えてしまって。世話の掛かる人だ。彼は、ふふっ、どうしようかな」
「ひ、ろきさん」
「言い訳なら聞きませんのでご安心を。ほら、行きますよ。時間が押しているんですから」
拘束する手をそのままに、博紀さんが歩き出す。
痛い、本当に痛い。
吐きそうになる弱音を嚥下し、アジくんに視線を投げる。
俺は大丈夫だと抵抗を見せるアジくんだけど、その道の大人に拘束されているんだ。逃れる可能性は極めて少ないだろう。
ああもう、博紀さんの監視だけはどう足掻いても逃れない。
足の裏を絨毯にこすり付けるように歩きながら、どうにか歩調を遅くしようと努める。
細身の筋肉質なのか、博紀さんはもろともしない。
ジムにでも通ってるのかよ畜生。
痛みに新たな息を呑んだ直後のこと。
「アジ、空! ひっさつまえばだ!」
前触れもなしに指示が聞こえた。
目を点にする俺達の前に現れたのは、軟禁されていた筈のイチゴくんとエビくん? え、なんで君達が此処に。森崎さん達と合流するんじゃ。
行く手を阻むように立った二人に気を取られている博紀さん達。
イチゴくんが早くはやくと目でせかしてきた。
指示を思い出し、俺とアジくんは相手の腕を思い切り噛む。
ほんの少し、相手の手の力が緩んだ隙に地を蹴って彼等から離れる。
チッ、舌打ちを鳴らす博紀さん。
彼の天敵であろうイチゴくんがザマァとシニカルに笑い、隠し持っていた消火器をエビくんと一緒に構えた。
消火器上部の安全栓は引き抜かれている。
え゛……っ、まさか。
「イチゴ軍曹であります。先陣いっきまーす!」
発射口であるノズルをこっちに向けてくるイチゴくんに、俺とアジくんを含めた全員が青褪めた。
ちょぉおおお!
マジかよイチゴくんっ!
何を考えてっ、うぎゃぁあああキタァアアアア!
イチゴくんが上下のレバーを握りしめる。
よって薬剤が勢いよく放射! 標的とされた博紀さんは大変な目に遭っていた。
「あっはー!」
今までの借りにおつりをつけて返してやったぜ、指を鳴らすイチゴくんはザマーミロと舌を出した。
随分鬱憤が溜まっていたらしく、それはそれは大はしゃぎである。
ここで終わりかと思ったらところがどっこい!
「エビ二等兵。後陣いきますですぅ……、はぁ、キャラじゃないんだけど。このネタ知る人いる、の?!」
言うや否やエビくんがアジくんを拘束していた部下の人に放射。
揃って悲惨な目に遭っている彼等に同情しつつ、「走れー!」消火器を投げ捨てたイチゴくんの活き活きとした掛け声と共に皆でダッシュ。
トンズラした。
ええ、しましたとも。
こんなお高そうなホテルで消火器をぶっ放してみーんなで逃げました。
ホテルマンに見つかれば、そりゃもうクソメンドクサイことになるだろ。
うへえっ、もう絶対に博紀さんの手には捕まれない!
捕まったら最後っ、今度こそ腕の骨を折られる!
そんだけえっらいことをして逃げているのだから、もはや泣きたいの一言に限る。
「スカイ曹長。アジ伍長。無事でなによりであります!」
びしっと敬礼してくるイチゴくんに、ついノリで俺はクーックックックックッと笑ってみせた。
アジくんは「フン、余計なことを」と返している。
はい、馬鹿です俺達。こんな状況でもノリノリです。



