そりゃそうだけど……、口ごもる俺に、
「あの安売り笑顔の兄ちゃんに捕まりたいのか?」
あいつに捕まったらめんどくさいことになるだろ。
一見で分かっちまったぞ、お前等の関係柄。
アジくんが厳しく現実を突きつける。
「空、お前は借金の枷があるゆえに逆らえない。御堂先輩の一件もあるし、両親のこともある。今、捕まればきっとお前は詰問されて、洗いざらい吐かされる。
今度こそ雁字搦めの環境に放られる。手前でチャンスを無碍にしたいのかよ」
御堂先輩を想う気持ちは分かる。
あの人を想うなら、俺達の言うとおりにしてくれ。
先輩たちも必死なんだよ、お前等を助けることに。
最初で最後のチャンスが今なんだよ。
これを逃せば、取り返しのつかないことになる。お前も想像がつくだろ?
……信じてくれ、お前が助けを求めた俺達を。それが今お前にできることだ。御堂先輩を守れる、ひとつの道なんだ。
「歯がゆいかもしれない。けど相手は財閥の養命酒だろ?」
「財盟主ね、財盟主。俺も同じことを思ったけどさ」
「それそれ。とにかく相手は財閥の中でもえげつない手でのし上がったじっちゃんなんだ。ハナタレの俺達が束になって勝てるかどうかも危うい。
もし、失敗したとしてもお前が駐車場にいてくれたら、誘拐されそうになったとか、言い訳も浮かぶだろ?」
アジくんに粘り強く説得され、俺はようやく重たい首を縦に動かした。
本当は今すぐにでも御堂先輩の下に行って利用される彼女を止めたい。
だけどアジくんの言うとおり、俺が無闇に動いて、もし博紀さん達に捕まったら、それこそ一巻の終わりだ、チャンスを揉み消すことになる。
だから悔しいけれど此処は引き下がることにした。それが最良の策だから。
返答に満足したアジくんは早速行動開始だと、おもむろに自分の背広を脱ぎ始めた。
目を削ぐ俺に、「お前も脱げ」俺の着ている服と交換する。簡潔に説明してきた。
「何か仕込まれているかもしれないからな。念には念を、だ」
なるほど。
でもそれじゃアジくんが危険に晒されないだろうか?
不安を口にすると、「大丈夫」俺は今から森崎さん達と合流するから。
野暮なことはしない。
何かあればトランシーバーで連絡すると目尻を下げて安心させてくる。
森崎さん達の仲間がリネン室を訪れるから、それまで此処で待機してくれとアジくんに指示された。頷くしかない。
急いで服と靴を交換する。
何も仕込まれていないことを願いながら、アジくんの着ていた背広に腕を通した。
スーツは大丈夫そうだけど、靴は合わないかも。
アジくんの方が少し足が大きいのか靴にゆとりがある。
俺の足、26cmはあるんだけどなぁ。
「アジくん大丈夫?」
窮屈じゃないか? 俺の履いていた革靴に足先を突っ込む彼に視線を投げる。
「ヘーキヘーキ」
踵を踏んでおけばいいんだから。
問題ないと口角を持ち上げ、リネン室のドアノブをまわした。
彼が開ける前に扉が全開になる。
驚愕する間もなく、アジくんの体が廊下に放られる。
手を伸ばすと、
「はい。僕の勝ちです」
かくれんぼは終わりですね、その腕を取られて引き寄せられた。
目の前が真っ暗になった。
いきなりゲームオーバーとかそんなのあり?
恐怖に身を震わせる俺を愉快気に見下ろしてくる目付けは、「甘いですね」人の腕を容赦なく捻って、顎を指で掬ってきた。
がくがくと震えながら相手を見つめると、
「僕が引っ掛かるとでもお思いで?」
なら心外だと鼻で笑った。
「空さま。これでも僕は貴方のお目付けであり、そういう意味ではプロですよ? あの少年がいなくなれば、貴方に関連する何かが起きたと考えるのが筋というもの。泳がせて正解でしたね」
「ヅっ」皮膚を破るような捻りが増した。
下唇を噛み締め、痛みを堪える。
痛みなら幾らだって我慢できる。幾らでも。
だけど、この状況は不味すぎる。



