驚く俺を余所にアジくんは廊下を一直線に走る。
非常階段の扉を押し開け、段を下って三階下のフロアへ。
関係者以外立ち入り禁止とストップを掛けているロープを跨ぎ、カツカツカツと革靴を鳴らしてひたすら走る。走る。走る。
ようやくアジくんが一室の前に立った。
その扉を押し開けて中に飛び込む。
真っ暗で何も見えない。
アジくんが電気を点けたことでこの部屋がリネン室なのだと把握できた。
沢山の毛布やシーツ、枕のタワーが目に飛び込んできたのだから。
「ここまで来れば取り敢えず、安心だろ。ふーっ……、シュリンプのことだけど、あいつはイチゴを助けに行った。お前のメッセージどおりにな」
スーツのポケットから一枚の紙切れを差し出してくる。
それは俺が捨てた紙切れの内の一枚。育ての親が写った写真。
「竹之内先輩。怒っていたぞ」
自分の宝物すら人助けのために利用するなんて馬鹿も馬鹿。
大きな賭けに出すぎだろだってさ。
おどけるアジくんが返すと見つめてきた。
戻って来た宝物の片割れを受け取り、俺は泣き笑いを零す。
裏を返せば今日付けと、【15SOS】豆の字で記された数字とアルファベット。
くっ付けて書くと数字に見えるよな。
なによりイチゴくんのあだ名を数字化できてよかった。
狙ってあだ名をつけたわけじゃないけれど、さ。
「竹之内先輩が慌てて屑箱から拾ったんだ。あいつが無意味に写真を捨てるわけない! とか言ってさ。
拾えば案の定、写真にメッセージが書かれていた。お前が弱味を握られて動けないことが分かったよ」
やっぱり先輩は気付いてくれた。俺の行動の意味に。
「もう一枚の写真は」先輩が持っているから、アジくんがそっと肩に手を置いてきた。
彼女は御堂先輩の下に向かったのだと教えてくれる。
……生みの親の写真の裏に【0SOS】と記したんだけど、これも通じたんだ。鈴理先輩に。
鈴理先輩、今日が賭け決着の日なのに。
大雅先輩と一緒に、助けに来てくれた。
ほんと、女前過ぎて泣きたくなる。
「お前のお目付けが部屋から出て行ったろ? あれはエビがイチゴを救出できた合図なんだ。イチゴの奴が脱走すれば、お前のお目付けはきっと動く。
その隙に森崎さん達とタッグを組んでお前を連れ出したわけだ」
「イチゴくんは何処にいたの?」
「このホテルの606号室にいたらしい。部屋番は財閥組が調べてくれて分かった。金持ちの情報網はすげぇよな」
そこまで喋ったアジくんが、一呼吸置いて「なあ」と声を窄める。
浮かない顔を作る彼にどうしたのかと尋ねれば、「財閥と繋がったこと」お前は後悔してねぇか? 予想だにしていなかった質問が飛んでくる。
きょとんとする俺に、「ほらさ」竹之内先輩に求愛されていた時、俺、言ったじゃん? アジくんが頬を掻いた。
「付き合って互いのことを知ればいい。俺はそう言ってお前にアドバイスしたし、お前は受け入れて彼女と付き合い始めた。身分なんて関係ないって、あの頃の俺は思っていたんだ。
でもさ、今じゃこんなことになっちまって。財閥と繋がったこと、後悔してね?」
「身分。そうだね、身分違いに悩んで傷付いたこと、沢山あったよ。同じくらい相手を傷付けたこともあった」



