カッチカッチカッチ。
一刻一刻が過ぎていく。
長い針と短い針の間でリズミカルに音を奏でている秒針は、着実に婚約式の時間を刻んでいく。
耳障りにすら思えるカッチカッチカッチ。
今こうして物思いに耽っている間にも、カッチカッチカッチ、カッチカッチカッチ、カッチカッチカッチ、何秒経っただろう?
控え室の片隅でぼんやりと宙を見つめていた俺は、ふと思い出したように手中の紙コップを口元に運ぶ。
緑茶の渋みが口いっぱいに広がった。
でも気は紛れない。
傍で書類に目を通している博紀さんに視線を送る。
真剣にそれを読んでいるお目付けだけど、俺の視線には敏感に気付くらしい。
顔を上げてこっちを見てきた。
「どうしました?」声を掛けられ、俺は弁解として緊張してきたのだと苦笑いを浮かべてみせる。
「頭が真っ白になりそうなんっす。ヘマしちゃいそうで。それが怖くて」
「大丈夫です。ご挨拶等はすべて会長と源二さまがされますので」
それはそうなのだけれど。
「あーもうヤダ」紙コップを端に置き、テーブルに伏せてギブポーズを取る。
庶民出身の俺だぞ? 財閥の子息のような煌びやかなオーラなんて一抹も放っていないんだ。祝福してくれるであろう皆の目に畏怖の念を抱く。
立ち振る舞いをこの一週間で徹底的に叩き込まれたけれど、緊張したら棒のように突っ立つだけになりそう。
ああやだやだ。胃が口から出てきそうだ。
「あ、博紀さんは傍にいてくれるんっすかね? 挨拶の時」
「ええ。ボディガードとしてお傍にいますよ」
「なら、その、ヘマしないよう見といて下さいよ。俺、右も左も分からない小僧っすから。今、頼れるのは博紀さんしかいませんし」
監視されている今、俺のヘマをサポートできるのはこの人しかいないだろう。
縋る気持ちで相手に頼み込めば、「はいはい」ちゃんと見ておいてあげますよ。博紀さんが可笑しそうに笑った。
笑い事じゃないとテーブルを叩く。
俺は真剣に緊張しているんっすから! 不貞腐れても相手には効果なし。
笑ってくる一方だ。
ひっでぇの。機嫌を損ねる俺は気付かなかった。
彼が独り言を呟いていたことを。
「僕しか頼れない、ね」意味深な言葉を吐いていたことを。
「やはり人は孤独には耐えられない、ということでしょうかね? 子供は染まりやすい」
「え。何か言った? 博紀さん」
「いえ」なんでもありませんよ。博紀さんはニッコリと笑顔を作った。
うんっと首を傾げていると博紀さんのスマホが鳴った。
着信のようだ。
失礼、俺に一言添えて電話に出る。
尻目に、俺はふーっと溜息をついて水分を補給する。こんなんで大丈夫かな、婚約式。
「何をしていたんだ!」
と、お目付けが声音を張った。
明らかに怒気が含まれた声。
ドキッとして身を竦めてしまう俺を余所に、舌打ちをして「お前は二度もヘマをしたのか?」クビを切られたいのかうんぬんかんぬん悪口(あっこう)をついている。
非常事態でも起きたのだろうか? もう三十分で挙式が始まるのだけれど。
スマホを片手に部屋を出て行こうとする博紀さんの後を追う。
「空さまは部屋にいて下さい」
立ち止まった博紀さんが俺を顧みて命じてきた。
「すぐに戻ってきます。少しばかり、仕事ができたので」
眉を八の字に下げる俺は、「式までには戻ってくるっすよね?」と恐々尋ねた。
たった今、頼れる人がひとりしかいない話をしたんだ。
傍にいてくれないと俺が困る。
赤裸々に相手に伝えると、「大丈夫ですよ」僕は貴方のお目付けですから。
意味深な笑みをおくって扉の向こうに消えていく。



