「なんで初っ端からアブノーマルばっかなのっ。ノーマルに……、穏便にいこうと思わないのかな、攻め女は」
そうだ、博紀さんがくれた本に何か書いてないかな。
さすがにさ。
そういう行為に覚悟はしていても、アブノーマルへの覚悟はてんでしていないから。
縋る気持ちでッアーな実用書を開く。
なるべく挿絵に目を向けたくないので、イラスト部分は手で隠しつつ文章を読んでいく。
でも書いてあるのは初めてする人のための心構えとか。エチケットとか。準備とかばっかり。
進むに連れて情事のことは書いてあるけれど、うーん、ノーマルな情事だよな。
「まず相手の気持ちを考え、無理に事を進めないようにしましょう。
慣れてしまえばイヤヨイヤヨモスキノウチとして、反抗心が興奮となりますが、初めての場合、緊張している女性が大半なのです。
……だっよなぁ。俺もド緊張しているんだし」
うんうんっと頷き、ページを捲る。
「緊張している女性には、まず抱擁してあげることが良いでしょう。
心音を聴かせたり、髪を梳いたり、触れるだけのキスを贈ってリラックスさせましょう。
……そっかぁ、なら俺も御堂先輩に」
いや、待て待て待て。
緊張しているのは俺、アブノーマルに事を進めようとしているのは彼女だぞ。
その場合はどうすれば……、まさか俺が抱擁されたり、心音を聴かされたり、髪を梳かれたりされろと?
あ、あ、安心はしそうだけど、でも何かが違う!
逆転している俺達にこの知識は通用しそうで通用しない! てか、したくない!
「奥の手は泣き落としかなぁ」
情けないけどアブノーマルを避けるにはそれしかないよなぁ。
「……待てよ、泣き落とし。過去に使って相手を焚き付かせたような」
そうだよ。
どっかの誰かさんの家にお泊りした時、泣き落としを使ったら「興奮する!」とか言われたんだっけ。
そこの奥さん、俺の泣き顔は興奮らしいですよ! どゆことでしょうね!
嗚呼、セックス怖ぇよ。
健全なお付き合いで相手を愛す、じゃ駄目なのかぁ。
「俺、トイレで寝ようかな。いやいや、わざわざスイートを取ってもらって便所に逃げ込むのも如何なものだろう?」
読んでいた本のページに顔を押し付けて苦悶する。どうしよう、マジどうしよう。
どう足掻いても俺の未来はお先真っ暗だ。
逃げないとカッコつけて言った自分を呪いたくなるほどである。
既に決意がポッキリ折れそうな俺は究極のヘタレ?
……いやでもさ、あんなえげつない物を見てよ?
今宵が楽しみでござんすね、とか思える馬鹿はそういないだろ!
ましてや≪アレ≫を俺に使用されることを知って楽しみだぁ?
不安でしょーがないよ馬鹿!
かくしてトイレに逃げ込んでセックスの知識本片手、セックスの準備道具が入った紙袋片手にうんぬん苦悩する俺、豊福空。
傍目から見れば不審者極まりないことだろう。
折角のスイートルームも満喫することなく、ただただ高そうなトイレで膝を抱えるなんて。
これもそれも御堂先輩の私物のせいだ。
勝手に見たのは悪かったと思うけ、ど、さ! だけ、ど、さ!
ううっ、父さん母さんに会いたい。
息子はホームシックだよ。
ハイジでいえば、夢遊病一歩手前だよ。
深い溜息をついて背広のポケットから写真を取り出す。歳月によって色あせた写真が一枚、わりと若い写真が一枚。
どちらも俺の大切な両親。
この人達がいなかったら、今の俺がいなかった。
目を細め、静かに写真を仕舞う。
今は御堂先輩のことだけを考えよう。一つのことに集中しないと俺の中のキャパシティーがオーバーヒートを起こす。
紙袋に本を仕舞い、口を綺麗に折りたたむ。
これはどうしよう。
取り敢えずトイレのどっかに隠すかなぁ。
いやでも本が大きいからトイレは無理そうだ。
いそいそと部屋に戻った俺は良い隠し場所がないかと目配り。
テレビの下、襖、花瓶の横、どこも適した隠し場所とは言えないな。
押入れに隠すのも手だけど、ホテル員の人が布団を敷いてくれるだろうし。
困ったなぁ。
博紀さんの贈り物、置き場所に頭を悩ませるぞ。
小さな溜息をついているとノックの音が聞こえた。
ギクリと体を震わせ、俺は紙袋を四隅に積み上げられていた座布団の下に隠す。



