(父さん、母さん、貴方の息子はオトナになろうとしていますよ。身体的な意味で!)

 

その場にしゃがみ込んでシャコシャコと歯を磨く。

改めて思う。来ちゃったんだよな、婚約式が。

今日は誰が来るんだろう?
財閥の関係者とか当たり前のように来そうだけど。


……御堂先輩と挙式を挙げることに思うことはない。

けれど御堂先輩が淳蔵さんに強いられている命令が気になる。


霞館に軟禁されている俺だから、彼女が今、何処で何をしているのか、その様子が窺えなくてモヤモヤしている。

情報すら得られなかった。
従順に過ごしていれば少しは価値ある情報を得られると思っていたのに。

 
(両親のことや俺自身、これからどうなるのか不安ではあるけど)
 

いっちゃんに考えないといけないのは御堂先輩のことだ。

博紀さんは助言してくれた。

守りたいものがあるなら、余計なことは考えるな、と。


まさしくそのとおりだよ。

俺にとって自分も両親も大事だけど、物事には優先順位がある。


最優先に考えないといけないのは婚約者のことだ。

しっかし館にいる間は何もできなかった。脱走なんて無謀だし、監視の目は厳しいし、イチゴくんを人質に取られているし。


(まあ、館にいる間はできない方が可能性として大きいと思っていたから想定内だけど)


仮に御堂先輩に何か、財閥に関する何かを強いるのなら今日なんじゃないかと睨んでいる。

だって俺の失態例があるんだ。

二階堂、竹之内財閥に俺の悪事が知れている以上、向こうだって警戒心を募らせている筈。


そんな時に俺達の挙式が行われる。

命じたのは淳蔵さんだ。


きっと財閥関係者を沢山呼んでいるんだと思う。


そこに御堂先輩を……。
 

ガシガシと頭部を掻いて執拗に取り巻いている眠気を振り払う。

部屋から博紀さんの呼ぶ声がしたため、俺は立ち上がって水で口をゆすいだ。

王子を待つのは姫である俺の役目だけど、俺は完全な姫にはなれない。俺もまた王子になりたい男だから。
  
 


人質となっているイチゴくんと顔を合わせたのは食後だった。
 
今日、やっと家に帰れる。そう愚痴っている彼の軟禁生活は割りと優雅なものだったらしい。

何故なら、俺と別室にされて大暴れしているイチゴくんにテレビと最新のゲームを与え、それで遊ばせていたそうだから。


「ゲーム三昧なんてアリエネェよ」


おかげで三本も全クリしちまったんだからな! とか胸を張るイチゴくんの生活は俺よりずっと楽しかったと思われる。

良かったよかった。酷なことはされていないみたいで。


彼は挙式後に解放されることになっている。

一応会場まで連れて行くようだ。
俺が変な気を起こさないための釘、と言ったところだろう。
 

俺は博紀さんの目の前で、「巻き込んでごめん」花畑さんに宜しく伝えておいて、と言付けを頼んだ。

会場に到着したら、時間に追われて顔を合わせることもなくなるだろうから。
 

「一緒に帰るつってるだろ!」


ぶすくれるイチゴくんがそっぽ向いてしまうのは容易に想像がついた。


苦笑を零す俺と、憮然と肩を竦める博紀さん。イチゴくんは不貞腐れたまま俺達に背を向けてしまっている。


けれど博紀さんが傍にいなくなると、「空。こっちは心配すんな」俺は俺で人質の枷から脱して見せるから、と素を見せてくれた。


俺の嘘に付き合ってくれる彼には感謝してもしきれない。

ここ数日、腹立たしいくらいに従順な俺の演技に付き合ってくれたんだ。


普通なら煮えた気持ちを抱くところだろう。


「巻き込んでごめん」


さっき口にした台詞を相手におくり、俺は無理しない程度にお願いね、とイチゴくんの手を取った。


「もしも成功したら御堂先輩を探して欲しいんだ。俺も全力で彼女を探す。でも俺より先に見つけたら、彼女を止めて。
たとえ俺のためであろうと、彼女の強いられていることは将来すら脅かすから」

「分かった。任せとけよ。空も気を付けろよ。最後まで諦めんな」
 

あのじいさんの言いなりになるには、まだ早いぞ。

ニッと歯茎を見せて笑いかけてくれる爽やか少年に俺は目尻を下げて首肯する。

諦めないよ、今日という日が終わるまでは絶対に。