「楓さん。何か危ないことをしているのでしょう? っ…、嫌ですわ。危ないことをして貴方様が消えてしまったら、わたくしっ」


過度に人が消えることを嫌う彼女。
文字通り、血相を変えている。


「消えない。僕は消えないよ」


「なら何故っ、わたくしにもお声を掛けて下さらないのですか? わたくしだっていずれは二階堂財閥の人間になる女なのですよ。鈴理さんも大雅さんも自分達の財閥のために走り回っているのに。
……わたくしでは頼りになりませんか?」
 

「違う。大切だから巻き込みたくないんだ」


「ではやはり、危険なことをしているのでしょう? また誰かが消える、そんなのっ。そんなの」
 
 

宇津木百合子。
 
大切な許婚で、僕と四つ違いの少し繊細な部分のある少女。

彼女は昔、くだらない財閥の派閥争いに巻き込まれ、心に傷を負っている。


今でこそ彼女は宇津木財閥の一人娘として通っているけれど、それは表向き。彼女には二人の姉弟がいた。

異母姉弟だったけれどとても仲の良い姉弟で、僕と大雅も彼等のことは知っていたし遊んでいた。
 

でも二人は死んでいる。
悪意ある事故死によって。

妾の娘を正式な財閥の娘にするために。させるために。


嗚呼、汚い大人が仕組んだ罠。

結果的に彼女は大好きだった姉弟をいっぺんに喪った。
 

それは財閥の娘として生まれてきた彼女の運命だったのか、それとも。



―――…こんな財閥界なんて一度、洗濯してしまった方がいい。利得ばかり追求する財閥界なんて、いっそのこと。
 


「百合子さん、貴方を置いて消えない。約束する。だからそんなに不安にならないで。僕は貴方の泣き顔に弱いんだ」



ね? 見上げてくる彼女の前髪を掻き分けて、口づけする。
 

目を瞑ってきた彼女の我が儘に答えてあげるために唇を重ねた。


「貴方の支えになりたいんです」


背中に手を回してくる百合子さんにありがとうと言葉を贈り、傍にいてくれるよう頼んだ。それが僕にとって一番の支えだから。


片隅で大雅のことが過ぎった。

馬鹿で優しい弟は自分の感情を押し殺して僕達を見守ってくれている。



……守りたい守りたい、そう願っているのは確かなのに、一番誰かを傷付けているのは僕なのかもしれない。


大雅や百合子さんを想うなら、財閥界で静かに暮らしていくべきなのかも。




(それでも、僕は)
 


 
マティーニ。

カクテルの王様になることを夢見ている。
 

財閥界に新しい風を吹かせたい、その心は潰えたくないんだ。


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