前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―



途端に引き攣り笑いを浮かべる空さまは、


「恐ろしいんっすけど」


御堂先輩のことだからノーマルに終わらせてくれない。絶対に! と毛布を被って嘆き始めた。

……それに関してはノーコメントだ。


さすがの目付けも人様の恋愛事情まで面倒は見切れない。
 

「御堂先輩のことだから、道具とか言葉攻めとかッアー! なことをさせてくるに違いないっす。俺は男じゃなくなるんっす! イギャーッ、おにゃのこになるしかないぃいいい!」


「……、……、……。御健闘をお祈りします」


「酷いっす! 他人事だと思ってッ! どうせ俺は受け男っす! ヤラれてなんぼっすよアッハッハッハ! だけど俺はMじゃないっすからウェッヘッヘッヘ!」
 

何度か二人のやり取りを目の当たりにしているが、傍から見ればSい女子とMい男子の情事ゴニョゴニョに見えないこともない。
 
寧ろ見え……、やめておこう。

本人が必死に否定しているからそういうことにしておこう。


「あの博紀さん。この際だから聞きますけど、け、け、経験とかあります?」


そろそろーっと毛布から顔を出して人の情事を尋ねてくる空さま。

週末が不安で仕方が無いのだろう。


「ありますよ。幾度か女性を抱きました」


にっこり微笑むと、「抱かれることは?」なんぞ失礼なことを聞いてきた。



「僕は男ですから」「女性に抱かれたことは」「ないですよ」「ですよねぇ」「そうです」「よねぇ」「……」「……」「どうしよう」「いや、どうしようと言われましても」



一層不安になったらしい。

嫌なら抱けばいいのに、向こうの意思を尊重している空さまはあくまでリード権をお嬢様に託すようだ。優しいといえばいいのか、お人よしと称すべきなのか。


「ご興味がないんですか? 性格上積極的ではなさそうですが」

「ないわけじゃないっす」


でも今まで性欲が生活に必要だとは思っていなかった。空さまは直球に返す。


それまで、自分は勉強、勉強、勉強に追われていたから。

なによりも家庭のことで頭が一杯だったのだと呟く。
 

「誰かの体と繋がる。そんなの遠い未来だと思っていました。鈴理先輩に出会って毎日が貞操の危機で、御堂先輩と関わって……、もっと貞操の危機で。
こんな俺が誰かと繋がるなんてまだ、実感すらも湧かなくて。草食男っすから性欲にはてんで消極的で」
 

「空さま。玲お嬢様を守るためだと思えば良いのですよ」
 

寝返りを打って体ごと僕の方を向く彼に、

「今までは不要だったでしょうが」

これからは必要なことなのです。
心身彼女を愛してしまえば、不安に駆られているお嬢様のお心を守ることができる。


そうでしょう?


貴方はお嬢様を変えてしまった責任があるのですから。
 

同意を求めると、微かに子供は笑みを零した。

首肯する彼は少しだけ気が楽になったと呟き、「博紀さんに話して良かったっす」守るために必要なことだと考えるようにする。


そう言って重たそうな瞼を下ろした。


薬が回ってきたのだろう。

そんな彼に「空さま。これからは何でも話して下さいね」お目付けとして力は貸しますから、と偽善を口にする。


返事はなかった。

寝息を立てて夢路に入る若き主に細く微笑み、完全に薬が回ったことを確認して毛布を肩まで引き上げる。


スツールから腰を浮かすとベッドライトのみを点け、他の明かりはすべて落とした。
 

退室する際、ベッドに振り返り、肩を竦める。
 

 
「頼れる人間が限られてくると、いつしかその人間に絶大な信用を置く。洗脳されていくとも知らずに」




相手に届かない皮肉を口にして扉を静かに閉めた。


 


ちなみに僕のオススメの件だが。
 
 
「(……これが博紀さんのオススメ。ただのインスタント麺にしか見えないんだけど)」
 
「庶民の味がそろそろ恋しいかと思いまして、ご用意させて頂きました。なんでも空さまはインスタント麺の買い込みを趣味にしているとか」

「(趣味じゃなくて生活のためだよ! 安売りの度に買い込んで乗り切ってるんだって!)」

「お気に召しましたか? 空さま」

「え、はい勿論。わぁあ、久々のラーメンだ。チキンラーメンだ。オイシソーだな……あ゛っ! 博紀さん、大変っす! チキンラーメンになくてはならないものがないっす!」

「え?」


「チキンラーメンといえば卵! ほら、麺の真ん中がくぼんでいたと思うっすけど、そこに卵を入れて三分待つんっすよ。
ああぁあっ、卵のないチキンラーメンなんてっ! いや食べるっす。食べるけど卵っ……博紀さん、今すぐ卵を用意できますか? 今からでも遅くないっ、俺は卵を入れます!」


「では新しいのをご用意しましょうね」

「シャラープ! 何を言うんですか、勿体無い! このインスタント麺、一個幾ら掛かると思っているんっすか! これは俺が責任を持って食べますよ! でも卵も必要なんですっ! チキンラーメンには卵なんですっ!」


「ああもう、空さま。貴方、財閥の子息になるというのに……、もっとそれらしい振る舞いをして下さい。たかがインスタント麺で勿体無いって」

「されどインスタント麺ですよ。振る舞いでチキンラーメンが食えますか! 博紀さん、オススメと仰るならチキンラーメンには卵! 覚えといて下さい。これは常識です!」


……もっとマシなものをオススメにすればよかった、と若干後悔した。